第21話:選択、再び
〝パントリー〟には1週間、たっぷり滞在することにした。
ルミナと話した際に生まれた仮説――自分たちがダンジョンの深層に近付いているという説――が正しいとすれば、この先の分岐ルートはいずれも、今までよりさらに高難易度のステージに繋がっている可能性がある。
よってベストなコンディションを保つ必要があると感じ、僕らはあえて休息を取る選択をしたわけだ。
1週間目の最後の日、僕はパントリーの果実の中で保存の利きそうなものをいくつか選んで工房の中に格納した。次のパントリーがどこに設置されているのかわからない以上、今後も携帯食生活は続くだろう。ゆえに、できるだけ多くの果実を貯蓄しようとしたわけだ
パントリーの出口には例によって3つの出口に分かれていた。
左、右、中央の、どれを選ぶかで今後の僕らの命運は変わってくる。
仮に前回の時のように僕らに有利なルートがあったとして、それを引く確率は三分の一だ。
ヒントはない。運である。
よって直感にすぐれたセラに今回もどれが一番いいかを選んでもらうことにした。
「ここが、いい」
すると彼女は迷うことなく中央の道を指差した。
僕とルミナは顔を見合わせる。
本当にこれでいいのか、と。
「まあ、アレだよ。こないだもセラの勘のおかげで有利なステージを引けたわけだから、今回も信じていいんじゃないかな?」
「そうですね。毒沼地帯に当たったことは単なる偶然だったのかもしれませんが、どの道、指標はないわけですから従って損はないでしょう」
こうして選ぶ道は決まった。
中央の道を行くことにした僕たちは、ルミナを先頭にして3人で先へ進んで行った。
「魔物が出ます。気を付けて」
ぼこっと盛り上がる壁を指差してルミナは僕らに喚起した。
以前の毒沼ステージでは道中で敵に出会わなかったが、今回の道は違うらしい。壁の中から這い出て来たのは1体のイビルスケルトンだった。
セラアーマーで撃破したあの懐かしの仇敵だ。
【鎧化】しようか迷っていると、身の丈に合わない大きなメイスを引きずるように持っていたセラが、とてて、と敵に歩み寄る。
「セラ、危ない!」
僕は咄嗟に注意をしたが、セラはその声に従わずメイスを「えいっ」と振り下ろした。イビルスケルトンは盾を構えたが無惨にもそれは粉砕される。次の瞬間、防具を失った敵の脇腹に向け2発目のメイスが振りかぶられ、
「とりゃあ~」
それは見事に命中した。
聖属性のメイスの強打は黒い骸骨の上半身を丸ごと吹き飛ばしてしまう。
残された足がしばらくの間ふらふら周囲をさまよっていたが、セラが「ひーる」と唱えて殴ると、それはさらさらと灰になった。
え、ちょっと待って、強くない!?
いつの間にこんなできる子になったの!?
なんて考えが顔に出ていたからか、前にいるルミナが語り出す。
「恐らく毒沼地帯の経験値が、マスターを通し我々にも均等に分配されたのでしょう。とりあえず今後もアンデッドが出たら、あの子に任せればよいものかと」
僕は、なるほど、と頷いた。
確かに毒沼地帯では、無尽蔵に湧くヤドックトードを嫌になるほど始末した。その経験値が蓄積されていくらかレベルが上がったのだろう。
だがイビルスケルトンは表層では普通にボスキャラなのである。
それを一瞬で倒せてしまう、うちの子にはもはや戦慄を覚えるほどだ。
その後も先に進むたび壁がぼこっと盛り上がり、そこから魔物が湧き出るパターンが続いた。
毒が有効な獣系の敵はルミナ、聖属性が有効なアンデッドはセラという役割分担が気付けば形成されており、正直、僕はやることがなかった。
通常の錬金術師であれば、自我を持たない自分の化合獣に指示を出すという大きな仕事がある。けれども自分で考え、行動できる、愛らしい僕の従僕たちにそれは余計な世話だった。
そう、だから、ちょっと油断をしていた。
全身から黒いオーラを放つカースドウルフという魔物が壁から生成された時、ルミナはそいつを倒しに行った。だが武器であるダガーの性質上、彼女は敵に肉薄する必要があり、その時、そいつの攻撃によって肩に裂傷を負ったのだ。
幸い、毒のナイフによって敵はすぐにも迎撃されたが、彼女の肩はしゅうしゅうと煙を上げて紫のゲルを噴き出していた。
「すみません、マスター。しくじりました」
「セラ、ヒールを!」
「まかせて、ますた」
セラはルミナに近付いて、その傷口に手を触れた。
すると煙はたちまち止まり、服ごと肌が再生される。
元来、不定形のスライムは、中心にあるコアを破壊されない限り物理攻撃によってダメージを受けない。仮に斬られたり、刺されたりしても、すぐに再生できるのだ。
しかし魔力のこめられた攻撃は彼女たちの細胞そのものにダメージを与える。
中でも呪力と呼ばれるものは、スライムの大きな強みである再生能力を奪う作用があるため特に相性が悪いのである。
カースドウルフは呪力を持つ魔物の典型例とでもいうべきものだ。
ちなみにこの魔物も表層では、それ1体がボスと見なされるイビルスケルトンの同類だった。
「大丈夫、ルミナ?」
「ご心配なく。このまま先へ進みましょう」
ルミナはクールな表情を少しも崩さずそう言った。
多分、本気で言っているのだろうが、若干不安になってくる。
この道はどこまで続くのだろう?
この先には何があるのだろう?
そう考えてる間に壁が盛り上がり、新たな魔物が生み落とされる。
逡巡している暇はない。
僕はいつでも従僕たちに適切な指示を出せるよう、自分自身に喝を入れた。




