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第20話:パントリー

 さて、その後、スライム浴は僕の1日のルーティーンに正式に組み込まれることになった。理由は単純明快で、それを継続することで、疲労回復や集中力アップという効果が目に見えて実感できたからだ。


 ただ際限なく何度もあれをやると駄目人間になりそうなので、日に1度というルールを設けた。セラとルミナの入浴は基本的には交互に行う。今日セラだったら明日はルミナ、そういう感じのルールである。


 ちなみにルミナの()()()()()()だが、彼女は彼女で悪くはなかった。

 痺れるとか肌が溶けるとか最初に脅されはしたものの、それは冗談の類だったらしく、彼女は体内の毒成分を調節し疲労回復に効果のある成分を分泌してくれた。毒と薬は紙一重とはこういうことを言うのだろう。


 スライム浴の効能によって集中力が上がった僕は、これまで体が受け付けなかった2時間以上の探索を余裕でこなすことができるようになった。

 おかげで探索の効率は格段に上昇し、それからおよそ3日後に僕はついに地獄のような毒沼地帯を踏破した。


 そこから先はまっすぐの一本道で魔物と遭遇することはなかった。

鎧化アムド】を解除した僕はセラとルミナを伴い、薄暗い道を慎重に進んだ。


 すると開けた場所に出た。

 そこにあったのは木々の生い茂る円形の広場だった。


「おっ、ここは……!」


 生い茂る木々を調べた僕は、思わず小躍りしそうになった。そこには栄養満点で飲食可能な様々な木の実が、ふんだんに実っていたからだ。


〝パントリー〟――そう呼ばれる場所が、ダンジョンにはいくつか点在している。

 それはある種のセーフゾーンであり、そこには基本、魔物は出ない。ようするにここは冒険者が休憩したり、腹を満たしたりできるスペースというなのである。


 アレイスターの工房アトリエという持ち運びできるセーフゾーンを持つ僕にとって、このような場所は本来不要である。


 では、なぜ喜んだのかといえば、一言でいえば「食事」である。

 工房アトリエのフードマシンから生成される食糧は、少量で腹がふくれる上に持ち運ぶことも可能ないわゆる携帯食レーションというやつなのだが、その味とくればパサパサとしたなんとも味気ないものだった。


 アレイスターのメモ書きによれば、それは完全栄養食で、それと水さえ補給していれば飢え死ぬことはないとのことだったが、半年以上も同じものを食い続けるのは正直言って苦痛であった。それが美味くないものだとくれば、なおさらのことである。


 だからこそ僕は夢中になって、そこら中になっている木の実をかたっぱしから採った。そして一気にかぶりつく――快感が脳を駆け抜ける。


「う、美味い……美味すぎるっ!」


 噛んだ瞬間にジュワっと広がる果実の甘味やほんのりとした酸味、そしてシャキッとした歯ごたえが、久しく忘れていた食への欲求を猛烈に刺激した。


 中でも一番、美味かったのは、バロメッツという特殊な木の実だ。

 この木には、なんと羊そのものが実としてなっているのである。


「よし、これもいただこう」


 僕はルミナに毒のないダガーナイフを生成させると、それを使って実を切り取った。

 正確には、これは疑似餌であって生きた羊ではないのだが、その食感は肉そのものである。よってパントリーに備え付けられたかまどで、それをじっくりと焼いた僕は、作法など何も気にせずにさっそくがっつくことにした。


 すると不思議と涙が出てくる。

 僕はごしごしと目元を拭った。


「どしたの、ますた? どこか、いたい?」


「ううん、違うよセラ。僕はうれしくて泣いてるんだ」


「おいしい、の?」


「うん、すごく。できることなら本当は、お前たちにも食べさせてやりたいんだけどなぁ」


 セラの頭を撫でながら僕はそう呟いた。

 これはスライムに限った話ではないが、基本的に化合獣キメラというものは生みの親である錬金術師アルケミストの魔力のみを栄養として摂取できる。


 いくら人型になったとて、その法則は変わらない。

 よって、残念ではあるがセラたちにはこの幸せをおすそ分けできないのだ。その分、今日は多めに魔力を吸わせてやろうと僕はひそかに心に誓った。


 満腹になった僕はその場に座り込み、満たされた腹を手で撫でる。


 今まですごく頑張ってきたし、数日はここに滞在したい。

 あと保存がききそうな果物は工房アトリエの中に持ち帰ろう。


 なんていうことを考えてると「マスター」という声がした。

 声がした方に目をやると、ミニスカメイドの従僕がこちらに近付くのが見えた。


「お食事の後に申し訳ありませんが、見てほしいものがあるのです」


「もしかして、例の通路のこと?」


「なるほど、すでにお気付きでしたか」


 僕はうんざりした顔でルミナの顔を見返した。

 彼女は決して悪くない。

 でも、もう少しぐらい現実逃避させてほしいというのが、正直なところだったのだ。


「またしても3つの分岐です」


「みたいだね。げんなりするよ」


「何か違和感を感じませんか?」 


「違和感って?」


「このダンジョンの構造にです」


 僕は彼女の質問に「?」という顔をしてみせた。

 ダンジョンに分岐ルートがあるのは決して珍しいことではない。まして深層ともなれば、それが連続することぐらい当然のように思われる。


「考えてもみてください、マスター。マスターはダンジョンホールという最下層に続く落とし穴からこの階層に来ましたね。普通なら、それは即死前提の罠です。なのに続きがありました」


「生き残る者を想定してた、と?」


「ええ、そうです。もしも正規のルートからこのダンジョンに挑んだとすれば、分岐がこのように続くのは不自然なように思います。もし逆側から攻略すれば行き付く先には何もないわけですから」


 確かに、それは正論だった。

 戻ることのできない落とし穴からの、分岐に続く、分岐の構造。

 それは「落とし穴ルート」という、正規ではない行き方からの最下層探索を示唆しているようにも考えられる。


「ねえルミナ、もしかしてだけど……僕らは上の階層を目指すどころか、()()()()()()()()()()()へと向かっているんじゃないかなあ?」

  

「その可能性は十分あるかと。というか、むしろその説の方が当たってるような気もします」


 ルミナは真面目な口調で言った。

 深刻な空気が流れる中、事情がわからないセラだけが無邪気に首を傾げていた。

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