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第2話:落とされた!

 ――ダンジョンの中じゃ気を付けやがんな。お互い暗くてよく見えねぇから、ついつい()()()()()()しれねぇ


 ジェイドが放ったその言葉は、本当に、文字通りの意味だった!


 脅しを受けた次の日のこと。

 アーネストにある大型ダンジョン、通称クアッドラビュリスの中で、突如、仲間たちに羽交い締めされた僕は、持ち物を全て奪われてしまい、迷宮各所に配置されているダンジョンホールと呼ばれる落とし穴の前に連れて行かれた。


 その行き先は最下層――

 落ちれば即死の罠である。


 ところで話は変わるけど、僕は男性としては比較的小柄であり、全体的にヒョロっとしている。


 ようするに何が言いたいかというと、そんな体型の青年1人が屈強な男たちに取り押さえられた時にできたのは、ただ、じたばたともがきながら喚き散らすことだけだった。


「くそっ! 放せぇ! 放せよぉぉぉぉぉ!」


「へっ、諦めなクソ野郎が! せいぜい地獄で水飴スライムを無限に作って遊んでな!」


 そい言いながらジェイドは僕を殴った。

 抵抗できなくなるまで殴られた後、ぐったりとなった僕の体は、ぽっかりと開いたダンジョンホールの中にそのまま蹴り落とされてしまう。


 ――ああ、終わった。短い人生だったなぁ


 なんていうことを思った僕は、真っ逆さまに落ちながら儚い自身の運命を呪った。


 生まれ変わりがあるのなら、今度はちゃんと才能のある錬金術師アルケミストになりたい――あと背も、もっと高くなりたい――高身長のイケメンがいい――というか、()()()()()()()()……





「ああ、ちくしょおぉぉぉぉぉ! 死んでたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





 叫んだ僕は腰元のビンに手を伸ばした。


 状況はすでに絶望的。

 このまま潔く諦めて気でも失った方が、遥かに苦痛は少ないだろう。


 それでも僕は生への希望を手放すことができなかった。


「出てこい! セラ! ルミナ! アンブラ!」

 

 声に呼応してビンの中からスライムたちが飛び出てくる。

 それぞれ名前を付けている、ヒールスライム、ポイズンスライム、シャドースライムの3匹だ。


 この子たちの大きさはだいたい地面から膝に届くぐらい。

 目も鼻も口も付いていない不定形の体をしており、最弱の化合獣キメラといわれるだけあって、その見た目は頼りないことこの上ない。


 だがスライムの真価というのは、術者の要望に合わせて体積を変え、自在に形を変えられることにある。


 僕はルミナとアンブラを両手に持つと、それぞれに落下傘パラシュート状になるよう指示を出した。

 さらにセラ――ヒールスライム――を、全身に纏わりつかせてクッションにする。これだけでは心もとないけれど、いざという時は回復魔法ヒールを使わせ、即死を回避する算段だった。


 でも落とし穴は予想に反して垂直ではない形をしていた。

 途中で体を壁にぶつけた僕は、そのままボヨンと跳ね返り、スライムたちを巻き込みながら、まるで滑り台のような坂道をグルグルボヨヨ~ンと跳ねてゆく。


「うっ! うわぁ~~~!? わっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!?」


 絵面はコミカルなんだけど、やっている方は気が気じゃなかった。

 明らかに人体の耐久を超えた負荷が体に加わり、体中にある穴という穴から色々なものを漏らしそうになる。


 滑落がどれぐらい長く続いたかを正確に知る術はないけれど、下手をすると僕は1分以上もカーブになった坂道をボヨンボヨンと跳ねていた。


 ようやくそれが止まった時、僕の三半規管は大変なことになっていた。

 ベトベトしたスライムを全身に纏いながら、ようやく体を起こした僕が最初に何をやったかは説明するまでもないだろう。


「う゛っ! おろろっ! おろろろろろろぉ!」


 僕は胃の中にあるものを恐らく全て吐いたと思う。

 吐くものがなくなっても胃液を吐き出し、それすら尽きてもゲーゲーえずいた。

 ほんと最悪な絵面である。


「くっ……ううっ! はあっ……! はあっ……!」


 僕が四つん這いで喘いでいると、その背がとんとん叩かれる。


 いつの間にやら体から離れ、元の大きさに戻ったポイズンスライムのルミナが触手をにゅっと蔦のように伸ばし僕をいたわってくれたのだ。


「はあっ……はあっ…………ありがとう……ルミナ…………」


 僕がルミナにそう言うと、今度はセラが回復魔法ヒールを使い、僕の全身の打撲傷を何も言わずに治してくれた。


 することがないアンブラはルミナに習って触手を伸ばし、僕の頭をよしよしと撫で始める。


「……セラも、アンブラも、ありがとう…………お前たちのおかげで、助かった…………」


 僕はスライムたちにお礼を言った――けれども、これは無意味なことだ。


 スライムは自我なき化合獣キメラであり、術者の意識により動くただの道具にすぎない。


 まるで僕のことをいたわるように、この子たちが動いてくれてるのは、たぶん僕の中の潜在意識が無意識の命令をくだしているからであって、言うなれば自分の手や足に礼を言うようなものである。


 けれども、そんなスライムたちに僕は愛着を持っていた。

 まるでペットか何かのように付き従ってくれるこの子たちのことが、僕は可愛くて仕方がない。


 こんなんだから水飴職人スライムマイスターなんて呼ばれるんだよなぁ……


 なんていうふうに思いながら、ひとまず命が助かったことに僕は心底安堵した。


 ………………とはいえ、だ。


 ダンジョンホールは即死級の罠。

 それはダンジョンの最下層、未踏破地帯に繋がっているといわれていて、たとえ落下死は免れたとしても帰還は絶望的である。


 これから、どうすればいいのだろう?

 手持ちを取られている以上、食料も何も持っていない。

 このままここで飢えて死ぬか、あるいは下層の強力なモンスターに葬られるのを待つしかないのか……


 と、その時、3匹のスライムたちが、一様に僕をつんつんと触手状の手でつつきはじめた――何かに注目させたがっている――そんな印象を僕は得る。


「おいおい、なんだよお前たち? こんな暗闇に、一体、何が…………」


 言いかけた僕は顔を上げ、しかし言葉を失った。


 ダンジョンの壁は暗闇の中で燐光を放つ特殊な素材でできている。

 僕が目をやったその先には、そんな燐光に照らされた金属製の〝巨大な扉〟がぽつんと1つそびえていたのだ。


 見たところ、それは壁にも、床にも、どこにも繋がっていなかった。

 一体、誰が、なんの目的にこんなものをここに置いたんだろうか?


 呆気にとられて固まってると、唐突に、まるで自我でも芽生えたみたいに、スライムたちが僕の命令も聞かず、扉に向かってぴょんぴょんと3匹そろって跳ねて行ってしまう。


「あ、ちょっと! 待てって、お前ら! 一体、なんなんだよ、あれは!?」


 僕はよろりと体を起こすと、まるで導かれるようにスライムたちの後を追った。

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