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第19話:はじめてのおふろ

「ますた、とおふろにはいりたい」


 セラの発言に呆気を取られた僕は、そのままちらりとルミナを見やった。

 理知的な彼女のことだから「馬鹿なことを言うんじゃありません」的な発言でいさめてくれると思ったからだ。


「別にいいんじゃないですか?」


 けれど実際に返ってきたのは実にあっけない言葉だった。


「我々スライムには自浄作用があるので本来入浴は不要ですが、スキンシップの一環としてそうするのならば特に問題はないものかと」


「で、でも、セラは女の子だし……」


「つるつるぺたんとしてますよ? まさかマスターはそのような体に劣情を抱くへきですか?」


 僕は全力で首を横に振った。

 もちろん、そんな趣味はない。

 出るべきところがきっちりと出た、女性らしい体付のルミナならともかく、セラくらいの子の裸を見ても何も感じないというのが正直なところだ。


 なら問題はないのかもしれない。


 そもそも彼女は僕にとって娘のような存在だ。

 パパとお風呂に入りたい。

 そんな無邪気なお願いをどうして無下にできようか。


「私もごいっしょしましょうか?」


「それは駄目」


「ケチですね」


 ルミナはむすっとそう言った。

 確かにこの子もセラと同じように僕の娘みたいなものだけど、彼女と裸のお付き合いするのは流石に意味合いが変わってくる。


 そういうわけで僕とセラは、工房アトリエの居住エリアにある浴室に向かうことにした。その浴室にはシャワーとバスタブがあり、どういう原理か知らないけれども、蛇口を捻ればあたたかなお湯が自然に流れて来るのである。


 僕は脱衣所で服を脱ぎ、一応、大事な部分を隠せるように腰にタオルを巻くと、付いてきたセラにこう言った。


「お湯を貯めるのは少し時間かかるから、その間にシャワーで体を洗おう」


「のーぷろぶれむ。おゆ、ひつようない」


「シャワーだけでもいいのかい?」


 そう聞くと、どこで覚えたのだろう?

 ちっちっちっ、ともったいぶってセラは人差し指を振る。


 彼女はコピーしたワイシャツを身に着けたまま浴槽の中によいしょと入った。

 一体、何をする気だろう? そう思う僕の目の前で幼女スライムはどろりと()()()


 え、という声を上げる間もなく、浴槽はピンク色のゲルで満たされる。

 しばらくの間、僕はただ茫然とその場に立ち尽くすしかなかった。


 ――はやく、きて。


 と、念話が入る。

 いやいやいやいや、ちょっと待て! 思ってたのと違いすぎる!


「僕といっしょにお風呂って、セラそのものに入るってこと!?」


 ――いえす、あいあむ。


「駄目でしょそれは!」


 ――あむど、するのとなにがちがう?


「そう聞かれると困るけど……見た通り今はすっぱだかだし、セラが汚くなっちゃうよ?」


 ――ますた、のからだのろうはいぶつなら、セラにとってはごちそうです。


 なんていうふうに彼女は言うけど、この状況でそこに入るのは変態的な行為に思えた。


 しかし一方で好奇心――研究者としての知識欲――が入浴ならぬこの「スライム浴」に興味を抱かせたのは事実だ。


 どんな感触なんだろう?

 どんな心地がするんだろう?

 そんな興味がふつふつと湧いて、僕はごくりと唾を飲む。


 ……ああ、そうだ。これは研究だ。一介の錬金術師アルケミストとして、スライム浴の効能を調べる義務が僕にはある。


「一度だけ……ちょっとだけなら、まあいいか」


 自分に言い聞かせるように僕は独りごちた。

 試しに足を漬けてみる。

 とろとろとしたなんとも言えない感触が皮膚に浸透し、僕は一瞬、躊躇ちゅうちょする。


 ええい、ままよ!


 けれど男は度胸。僕はそのまま肩まで一気に体を沈めた。するとゲル状の水面がにゅるりと動き、僕の頭にまとわりつく。


 ――だいじょぶ、ますた、さんそおくる。だから、ちから、ぬいて?


 果たして、セラの言う通り、僕は頭まで丸呑みされても息苦しさを感じなかった。

 するうちピンク色の原形質がじんわりと熱を帯びてくる。


 こ、これは……心地いい。

 まるで母親のお腹の中に戻ったみたいな感じがする。


 ――ますた、の体、こわばってるから、セラがもみもみしてあげるね?


 そう言い、セラは僕の全身をほどよい力で締め付け始めた。

 普段【鎧化アムド】で酷使している腕や足はもちろん、首や肩、腰などといった、デスクーワークをしている時に痛くなってくる体の部位まで、ピンク色のゲルは的確にマッサージしてくる。


「おぅ」とか「んぅ」とか、そういう声が自然と口から漏れてしまう。


 なんと怖ろしいスライム風呂!

 これは一度でも経験すればやみつきになること間違いなしだった。


 どれほど、そうしていたのだろう?

 あまりの心地よさにうとうとしてきて、意識が朦朧もうろうとしてしまう。


 気が付けば、僕は裸のセラに膝枕される形で横たわっていた。

 彼女に頭を撫でられる。


「よしよし、ますた、ねんねして?」


 思わず従いそうになる。

 最初の時と同じだな、と、ほとんど全裸に近い格好の僕はそのままゆっくり目を閉じて、





「…………マスター」





 だが、ものすごく湿度の高い、なじるような声に呼び止められた。

 はっ、となり目を開けると、僕を見下ろしていたのはジトッとした目のメイドであった。


「これはどういうことですか? いっしょにお風呂に入るはずでは?」


「そ、そうしようと思ったんだけど、セラが誘ってきたからさ……」


「ええ、一部始終見てました。随分と気持ちよさそうでしたね」


 ルミナはセラをひょいと抱きかかえ、バスタブの外へ追いやった。

 変態となじられるだろうか? まあ、なじられても仕方がないけど……


「マスターは、この私とセラ、どちらを大切に思っていますか?」


「いきなり、なんでそんなことを?」


「いいから答えてください」


「そりゃあ、もちろんどっちもだよ。優劣なんて付けられない」


「では、セラがしたことは私にも許可が出されるということですね?」


 そう言うと、ルミナは浴槽に入りしゅるりと服を脱ぎ始めた。

 慌てて視線を逸らす僕。

 けれどもしばらくそうしていると、次の瞬間に浴槽はとろとろのゲルで満たされていた――彼女の髪の色と同じ、紫色の原形質。


 ――さあ、来てください私のマスター。


「いや、お前(ポイズンスライム)に入るのはまずくない!?」


 ――大丈夫です。ちょっと痺れたり、チクッとしたり、体が溶けたりするだけですので。


 いや、それ何も大丈夫じゃない!


 僕は慌てて浴槽から這い上がろうとしたものの、その時にはもう遅かった。

 頭からすっぽり丸呑みにされ、ばたばたともがくことしかできない。


 こうして、まさかのスライム浴の第2ラウンドが始まった。

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