第18話:毒沼クエスト
その後も僕らは先へと進んだ。
毒沼は広く、木々も生い茂っているためどこがゴールかはわからない。
だが幸いにというべきか、このエリアで出て来る敵はヤドックトードばかりだった。
彼らは決して雑魚ではない。
肌に触れただけで体が麻痺する厄介な唾の攻撃に、生半可な攻撃では寸断できないゴツゴツとした硬い皮膚。
この魔物を安全に倒すには遠距離から魔法攻撃をするのがいいといわれているが、強力なものを使用しなければ完全に倒しきることはできない。リスクとリターンに見合わないため、通常であれば姿を見ただけで逃げるべき魔物なのである。
けれども今の僕にとって、この魔物は魔石を無料で落としてくれる非常においしい敵だった。
なぜならルミナを着ているおかげで彼らの唾の攻撃は完全に無効化されているし、ゴツゴツとした硬い皮膚もダガーでかすり傷を負わせるだけで簡単に麻痺させることができる。後は弱点のやわらかいお腹をブスリとやればいいだけだ。
イビルスケルトンの時と同じように、この魔物に対し、今の僕たちは完全に相性で勝っていた。
とはいえ先にも言った通り【鎧化】には体力と集中力がいる。
その時々の状況によるが、連続して使用し続けるのは1~2時間が限度であった。
少し前までの僕ならば、休憩を挟まずに行けるところまで行こうとしたかもしれない。だが、そのような楽観視、危機に対する慢心が死神騎士という強敵を呼び出したことはいまだ記憶に新しかった。
そこで僕は少しでも集中力にかげりが見えたと思った時点で、その場に扉を呼び出して休憩するという手段を取った。
1日1回、多くても2回。
そういうルールを自分に課して、僕は慎重に毒沼地帯を突破することに決めたのだ。
「少し臆病すぎるかな?」
探索開始から5日目のこと。
僕は工房の生活区画でメイド姿のルミナに聞いた。
すると彼女は首を横に振り「賢明です」と即答する。
「命は1つしかないのです。むしろ臆病に思えるぐらいが丁度のいいのではありませんか?」
「それはそうだけど、どうしても焦ってしまうんだ。こんなペースを続けていたら、このまま死ぬまでこのダンジョンに囚われるんじゃないかって……」
するとルミナは「マスター」と言って、僕の手をぎゅっと握ってくれる。
「攻略不能なダンジョンは存在しません。それはこの世界の理です」
「……そうだよね」
「それにもし行き詰ったとしてもマスターは孤独ではありません。私が側にいますので」
そう言いながらルミナは僕の腕にぐいっと抱き着く姿勢を取った。
とても大きくてやわらかいものが、むにゅり、と上腕に押し付けられる。
こ、これは、わざとやってるんだろうか?
いや、でも話の流れ的に不自然な動きではないような気も……
「あの、ルミナ、ありがとう。気遣ってくれるのはうれしいけどさ、そんなにくっつかなくても大丈夫だよ」
「くっつかれるのは嫌ですか?」
「そういうわけではないけども……」
ルミナのクールな表情がほんの少しだけ切なげに見える。
けれど、ある程度線引きしないと主従の関係を超えてしまう。
「あ、そうだ」と、思い出したように僕は腰の瓶に手を伸ばした。
「セラの給餌をやってなかった。あの子にもご飯あげなくちゃ」
そう言いながら僕はルミナの腕から、するりと自分の腕を抜いた。
「ちっ」という声が聞こえた気がするけれど、きっと気のせいに違いない。
僕は腰の瓶に合図を送り、瓶から出るよう指示を出した。
しかし、まさかの無反応。
同じことを何度か繰り返してみるが、それでもセラからの応答はなかった。
「どうしたんだろう? 調子悪いのかな?」
「多分そうではありませんよ。少し待っいてください、マスター」
そう言うとルミナは粒子に変わり、セラの入っている瓶にきゅぽんと吸い込まれて行った。
そうすると瓶が揺れ始める。しばらくの間ガタガタとその振動は続いたが、やがて2つの人影が僕の眼前に現れる――呆れた顔をして仁王立ちするルミナと、ふくれっ面のセラである。
「一体、これはどういうことだい?」
「本人に聞けばよいのでは?」
「セラ、どうしたの? 急にへそ曲げて?」
「ますた、のばか。ルミナとばっかり〝あむど〟してる」
それを聞き、僕は事情を察した。
毒沼地帯の性質上、この数日はルミナとばかり【鎧化】を繰り返し行っていた。話も彼女とすることが多く、戦力外になっているセラは若干放置ぎみだったのだ。
「ますた、セラとも〝あむど〟して」
「わがまま言うんじゃありません。そうすることでマスターの体に負担がかかるのはあなたもわかっているでしょう?」
「むぅ~、でも、ずるいよ!」
「我慢なさい。我らはマスターの忠実なしもべ。忠実な道具なのですよ?」
ルミナはセラに説教するが、それは彼女のふくれっ面をいっそう強めるだけだった。
どうしたものかと考える。
ルミナの言うことは正論だけど、だからといって僕は彼女たちのことを道具だなんて思ってない。
セラとルミナは同じく僕が1から錬成ったスライムだ。
いわば姉妹のようなもの。
できれば喧嘩などはせず、仲良しでいてもらいたい。
「わかったセラ。じゃあ、こういうのはどう? 【鎧化】することはできないけれど、代わりにセラのお願いを1つだけなんでも聞いてあげるよ」
「なんでもって、なに?」
「そうだなぁ……たとえば抱っことか?」
「イヤ」
「じゃあ、おんぶ」
「それもイヤ。セラもっと、ますた、といっぱいくっつきたい」
「でも、じゃあ何をすればいいの?」
「ますた、とおふろにはいりたい」
幼女姿のスライムは急にそんなことを言いだした。




