第16話:分岐点
時間を少しさかのぼり、セラがルミナを生み出した次の日。
僕は彼女を瓶から出して、その容体を確かめた。
「お疲れ様。気分はどう?」
「にゅーとらる」
「つまり……普通ってこと?」
セラはこくりと頷いた。
つい昨日、ルミナを生み終えた直後だというのに随分けろっとしたものだ。
ただし分裂をする際に相当魔力を使ったらしい。
上目遣いにこちらを見ながら切なげに胃の辺りをさすったセラは、いつものように、口をあーんと開けて魔力供給を求めてきた。
「じゃ、行くよ」
人差し指を差し出した僕は恒例の給餌行為を行う。
こちらから魔力を出さなくても、乳房に吸い付く赤ん坊のようにスライムたちはちゅぱちゅぱ美味そうに僕から魔力を吸い上げる。
ただし今回はその量が尋常じゃないほど多かった。
恐らくルミナを生み出す時に魔力を大量に使ったせいだろう。
人型の姿を手に入れて以来、セラは大飯食らいだが、今回はいつもの倍以上は魔力を吸われた感じがあった。常人であれば卒倒するか、下手すれば命にかかわるレベルだ。
それでも倒れずに済んだのは、ほぼ無尽蔵の魔力を持つ、生ける「賢者の石」に僕が変じているからだろう。
給餌は10分くらいで終わった。
これもいつもの倍以上の時間だ。
僕の側にはメイド服姿のルミナが立っていて、給餌作業を見守っていた。彼女にはさっき給餌したばかりだ。ちなみに人型になったことで、例によって彼女が求める魔力も爆増したのは言うまでもない。
給餌が終わると彼女は口を開いた。
「セラ、本当によくやりました。マスターを守る存在として、最初にあなたを目覚めさせたのは正しい判断だったようですね」
そう言いルミナは自分より頭1つ分、小さな少女の頭を撫でてやろうとする。しかしワイシャツの余った袖でぺしんとそれは弾かれた。
「セラ、じゃないです」
「はい?」
「おねえちゃんです。セラのほうが、はやくうまれたので」
幼女は、ふんす、と鼻を鳴らす。
それを聞きルミナは溜息をついた。
「しょうもないマウントはやめなさい。私を生んでくれたことには感謝してますが、だからといって、あなたのことを姉とは思っていませんので」
セラはぷくっと頬をふくらませた。
……いや、お姉ちゃんと言うよりも「お母さん」というのが近いんじゃないのと人間の僕は思ったが、どうもセラ的には自分こそが長女という謎めいた自負があるらしい。
「まあ、その辺はおいおい2人で詰めていったらいいんじゃない?」
面倒なことになりそうなので僕は会話を切り上げた。
実際2人は姉妹みたいなものだから、ぜひとも仲良くしてほしい。
そこから6日の時が経ち、今の状況に至るのだった。
◆◆◆
ルミナ誕生から1週間後、彼女との【鎧化】のトレーニングをひとしきり終えた僕は工房から出る決意をした。
【退出】と合言葉を言うと、扉は例の円形の広場に召喚される。
セラとルミナを伴って扉の外に出てみると、かつて真ん中に存在していた宝箱は消えてなくなっていた。イビルスケルンを一定数倒し、その上位種を倒すという、ひとしきりのイベントを終えたということだろうか?
といって、もしも宝箱があっても二度と触れることはなかったろう。
あんな化け物と戦っていたら命がいくつ合っても足りない。
ここでやることは、すでにない。
となると必然的にだが、ダンジョンの出口を目指すには、円形広場にぽっかりと開いた3つの分岐ルートのどこかに足を進める必要があった。
だが慎重にならざるを得ない。
右、左、真ん中のどの道を選択するか否かで、この先に運命は大きく変わるのだから。
「ねえルミナ、どう思う? お前はどれにすべきだと思う?」
「それはマスターが決めることです」
「い、いや、でもさ勘とかあるじゃん?」
「それも含めてマスターが決めるのです。私たちはそれに従います」
クールで生真面目なメイドスライムは頑なな態度を崩さなかった。仕方ないので今度はセラにどの道がいいか聞いてみる。
「うーんとね、左はね、なんだかちょっとヤなかんじ」
「真ん中は?」
「もっとヤなかんじ」
どうやら彼女の意見によれば右の道がもっともマシだそうだった。
で、あるならば、行先は決まった。
この子のこういう直感は馬鹿にできないものがある。
セラの言う通り右へ行くことを選ぶと、なんとなく不服そうではあるがルミナは黙って付いてきた。
そこから先は、果ての見えない一本道。
先へ進むのは不安ではあるが、忠実なしもべが2人もいてくれるおかげで不安はだいぶやわらいだ。
曲がりくねった薄暗い道を、どれほど歩いて行っただろう?
恐らく30分ほどで、僕らは「その場所」にたどり着いた。
最初に鼻を突いたのは、まるで腐った玉子のような、硫黄を思わせる刺激臭だ。
そこは明らかな沼地であったが、膝下ぐらいまで満たされた液体は僅かに黄色味を帯びていた。木が何本か生えているが、その葉も下の液体と同じように毒々しい色に変色している。
「ルミナ、これ……」
「ええ、明らかに毒の沼地です。通常の装備では通れないでしょう」
「……引き返して別の道へ行く?」
「一体、何を言っているのです、マスター。私が〝何か〟をお忘れですか?」
紫の髪を掻き上げながらメイド少女はそう言った。
自信満々なその態度に僕とセラは顔を見合わせた。




