第12話:死のその先へ……
セラアーマーを脱ぎ捨てた僕はその場にしゃがみ込んでいた。
一方、頭上で繰り広げられているのは世にも珍しい光景だ。
透明でないアーマーからピンク色をしたゲルに変わったセラは、死神騎士が持つ鎌に飛び付いて、柄から刃に至るまでの全ての部分を完全に覆ってしまった。
死神騎士はじたばた暴れた。
だが、その頃には手遅れだった。
セラは鎌に憑りついた状態で全身全霊のヒールを放った。
死神騎士は硬直する。
その隙に僕は立ち上がりセラのヒールを支援する。
「ぶっ壊れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
全身全霊の魔力供給。
ヒールの最上級バージョン、ハイパーヒールを全身に受けた鎌は、指でつつかれたイモムシのようにぐねぐねと柄をよじって暴れるが、やがてくたりと動かなくなる。
死神騎士の手から鎌が落ちた。
3メートルもある巨大な体が、まるで糸が切れた人形のようにその場にガクンと膝を突き、さらさらと灰になってゆく。
カンカンカン、とゴングが鳴った。
僕はその場にへたり込み、しばらくの間、からからと乾いた笑いを上げたのだった。
◆◆◆
さて、その後、黄金の宝箱を開けてみた僕はそこで意外なものを見た。
鍵である――飾り気のない銀の鍵だ。
今までの戦利品の傾向からして、金銀財宝の類じゃないことはなんとなく予想していたが、あれだけの死闘を繰り広げたというのに、こんなどこにでもあるようなアイテムが入っていたのは正直ちょっと……いや、かなり、僕的にがっかりしてしまった。
でも宝箱から出てきた以上、何かしら意味はあるもののはずだ。
僕は【開門】で扉を呼び出し、出現するのを待っている間に、幼女の姿に戻ったセラの頭をやさしく撫でてやった。
「ありがとう、セラ。お前のおかげで死なずに済んだよ」
「さいごのとどめは、ますた、がさした」
「それでもお前がいたからだよ。守ってくれてありがとう」
そう言うと、セラはくすぐったそうに微笑みながら僕にぎゅうっと抱き着いてきた。人間のそれと変わらない体温を持ったぬくもりがワイシャツ越しに伝わってくる。
「あのね、ますた、今日セラね、いっぱい経験値かせいだ」
「あれだけの死闘だったからな」
「それでね、ルミナかアンブラがおなかの中でそわそわしてるの」
「休眠状態が解けかけてるのか?」
「たぶん、今日じゅうに生まれそう」
その唐突なカミングアウトに「へ?」という声をあげてしまう。
「う、生まれるって、セラが産むの?」
「うん」
「さ、産婆さんは必要かい?」
テンパって妙なことを言ってしまう僕だったが、僕はこの子の本質が不定形のスライムであることを一瞬、忘れてしまったらしい。
言うなれば、これは細胞分裂。
経験値という栄養を貯めたセラが仲間を分裂させるのは当然であるし、それは通常のお産とは全く違うものだろう。
それでも僕は心配になった。
「セラの体に負担はないの?」
「だいじょうぶ」
「なら、いいけどさ……」
話している間に扉が現れ、話はいったん中断された。
僕とセラは手を繋ぎながら拠点である工房に帰還する。
どっと疲れが出たせいか、居住区域のソファに腰かけた僕は不覚にもそのまま眠ってしまった。
どれぐらい寝たかはわからない。
ただ確かなのは、起こされなければ、僕はそのまま朝までずっと眠ったろうということだ。
「ますた、おきて」
そう言いながらセラが僕の上に乗ってくる。
目をこすりながら体を起こすと、セラはほんのり上気した顔でこちらの顔を見上げてきた。
「ますた、きそう」
「ん~、何が?」
「ひとり、うまれそう」
それを聞き、僕は飛び起きた。
何を呑気に寝てたんだ、僕は!
この子のマスター失格だ。
「苦しいかい?」
「ううん、べつに」
「どうすればいい?」
「ついてきて」
僕は彼女に導かれ、工房の実験室へと着いた。
錬金釜が置いてあるメインの実験スペースだ。
セラはこちらに抱っこをせがみ、空になっている釜の中に入れてほしいと要求してきた。僕がその通りにしてやると、彼女は釜の底の方で下腹部の辺りを撫で始める。
スライムにはコアと呼ばれる部分があって、それは分裂に関わる器官なのだが、人間態の彼女のコアはどうやらあの辺りにあるらしい。
見たところ顔に苦痛の色はない。
むしろ上気した彼女のまなこはまどろむように細められ、恍惚とした感覚を味わっているようにさえ見える。
そうするうちにセラの足がどろりと溶けてゲル状になった。
そのまま沈んでいくように彼女の体も解け始め、最終的に釜の底にはピンク色のプールができていた。つまり本来の不定形の姿に戻ったというわけである。
念のため補足しておくと、この釜に一切の操作を加えていない。
にもかかわらず沸々とピンク色のゲルは泡立ち始め、最終的にはまばゆい光を放ち始めるに至った。
どれほど時間が経ったろう?
その神秘的な光景をかたずを飲んで見守っていると、泡立つゲルの表面がぷっくりと隆起し始めて、新たに紫色をしたセラとは違うスライムがまるで塔のように伸び始める。
やがてその塔は形を変えた。
それは人型になってゆく。
まばゆい光がピークを迎え、思わず僕は目を背けた。
「ご機嫌麗しゅう。マイマスター」
発光が止まり視線を戻すと、そこには文字通り〝生まれたままの姿〟の若い娘が立っていた。




