1 不思議な就活
「やっぱ、スパイってカッコいいなあ!」
夕食後、リビングのソファーで何度観たか分からないスパイ映画のエンドロールを眺めながら、僕は嘆息した。
「お前は本当にスパイが好きなんだな」
父親がスマホをいじりながら呆れたようにそう言った。
「だってカッコいいじゃない? 智略の限りを尽くして極秘情報を手に入れる。秘密兵器で敵を倒す……いいなあ。こんな仕事に就きたいなあ」
「何を子どもみたいなこと言ってるのよ。現実にそんな仕事がある訳ないでしょ。就職活動は上手くいってるの?」
キッチンの片付けを終えた母親が、呆れた口調でそう言いながらリビングに入って来た。
「それくらい分かってるよ。あーあ、何かいい就職先見つからないかな……」
僕はソファーにもたれかかり、天井を見上げた。
就職活動は今のところ全敗だ。
大学のキャリアセンターの職員曰く「君は記憶力が抜群だし、好奇心旺盛なところが良いんだけど、『この会社で働きたい』という強い意志が感じられない」ということだった。
漠然としたスパイへの憧れがそうさせているのだろうか。
自分の気持ちの問題なので仕方ないものの、周りの友人達がどんどん内々定をゲットし始めており、最近は焦る一方だ。
大学のキャリアセンターでまた相談してみようかな、などと考えていると、父親がスマホから顔を上げて僕に言った。
「俺の知り合いの会社があるんだが、試しに受けてみるか?」
「え、コネ入社?」
「ははは、そんなんじゃないよ。以前、仕事を一緒にしたことがあったんだが、中々良さそうな会社だったんでな」
「そっかあ。まあ次のアテはないし、受けてみようかな」
僕はソファーから立ち上がりながらそう言った。
† † †
「あった。ここか。『経世済民調査会』……大丈夫かな、ここ」
都心から離れているものの、そこそこ交通の便はいい駅前の古い雑居ビル。僕は、階段のポストに貼られた小さな表札を見つめながらそう呟いた。
父親曰く、業界では一目置かれたリサーチ会社らしいが、ネットには一切情報がなかったし、この佇まい……
まあ、面接の練習にはなるかな。僕は雑居ビルの狭い階段を上り、3階の古ぼけたドアをノックした。




