Fromのないラブレター⑥
「……入学式」
「え?」
「入学式の日。緩んだネクタイ」
「……入学式……緩んだネクタイ……」
ヒントをくれたらしいので、とりあえず入学式の日のことを思い返す。七か月も前のことだからうろ覚えだが、百瀬の言うヒントに引っかかるものがあった。
「あ……」
「思い出したか」
「うん、思い出した」
入学式の日、廊下ですれ違った男子のネクタイが緩んでいたのを教えてあげた。唯と同じ一年生で、胸にピンク色の花のコサージュをつけていた。男子は中学が学ランだったからネクタイに慣れていないと手こずっていたので、唯が直してあげたのだ。唯はネクタイしか気にしていなかったから、相手の顔はうろ覚えだ。背が高かったことだけは、うっすらと覚えている。
「あんなことで? ていうか、あれ百瀬だったの?」
「あーそうだよ、どうせあんなことだよ! それでも越川以外見えなくなったんだよ、悪いか! 認識ぐらいしろよ!」
つまりそれからずっと唯を睨んで――もとい見ていた、と。
「わっかんないよ!」
「わかれよ、鈍感すぎるだろ」
「また鈍感って言った!」
さすがに二度も「鈍感」はひどいだろう。仮にも好きな相手だ。優しくしたって罰は当たらない。睨んできたり文句ばかり言ったり、実は好きではないのではと疑いを持ちたくなる。
キッと唯を睨みつけた百瀬は、次々と文句を口から出す。飛び出す言葉の勢いで目がまわりそうだけれど、負けたくなくて唯も言い返す。
「幼馴染だかなんだか知らないけど、いっつも男侍らせて、こっちがどんな気持ちだったと思ってんだ!」
「侍らせてない! それに知らないよ、百瀬が僕を好き……なんて……」
口にしたら百瀬の恋愛感情を実感して、ぼうっと頬が火照った。照れくさいというかむずがゆいというか。それなら直接告白してくれればいいのに。そうしたら三兄弟におかしなさぐりを入れたりしなかったし、もっと早く返事ができた。
向かい合う百瀬の頬もわずかに赤くなっている。なんとなくふたりで無言になって、目を逸らす。気恥ずかしい。
「あ、あのさ、なんでパソコン文字なの?」
手書きなら、筆跡から男子か女子かだけでもわかった。それに、もっと早く百瀬に行きついていた可能性もある。パソコン文字では怪しさも増す。
百瀬は眉を寄せて口もとを歪めた。聞いてはいけないことだっただろうか。
「……自分の字にコンプレックスあるんだよ」
ぼそりと告げられた言葉に首をかしげる。
「汚いの?」
手書きだと読み取れないレベルとか。それならたしかに手紙には向かないかもしれない。
「いや、綺麗だ」
「なにそれ、自慢?」
なんなんだ、本当に。あれこれと意味がわからないことだらけだ。
「字が綺麗なら手書きにしてくれればよかったのに」
「……女の人みたいな字だって言われたことがあるんだよ」
「へえ……」
それは逆に見てみたい。というか、それだと手書きの場合は唯が女性からの手紙だと思ったかもしれないということか。なかなか難しい。
「じゃあなんで差出人書かなかったの? あれじゃ誰かわかるわけないし、考えることもできないよ」
「だって……恥ずかしいだろ」
頬をさらに赤くした百瀬は、自身の足もとに視線を落とす。それでも差出人は書いてほしかった。そうしたらこんな遠まわりをしなかったのに。
「で、答えは?」
「え?」
間抜けな顔で聞き返した唯に、百瀬は眉をひそめる。
「告白の返事。イエスしか聞かないけどな」
「それ横暴すぎない?」
百瀬が唯に一歩近づき、どきんと心臓が跳ねる。前に士音に近づかれたときは逃げたのに、なぜか今は逃げられない。身体が固まって動けない。
一歩また一歩と近づいてくる百瀬を、緊張しながら見あげる。ついに唯の目の前に立った百瀬は、真剣な顔をしている。整った見た目でこの真剣さは迫力がある。
「俺が好きだよな? 『はい』と言え」
「それは脅しって言うんじゃ」
「こっちはどうやってもなにをしても越川とつき合いたいんだよ」
「え、そんなに?」
百瀬は三兄弟に引けを取らないくらいの美形だ。なにも平凡な唯を選ばなくてもいいのに。逆に平凡さが珍しいのだろうか。手紙の謎がとけたのに、新しい疑問が生まれた。
「女子からよく告白されてるんでしょ? みんな近寄りにくいって言いながら抜け駆け狙ってるらしいじゃん」
「悪かったな、近寄りにくくて」
「あ」
余計なことを言ってしまったと手で口を押さえる。怒ったかなと上目に様子を窺うと、百瀬も唯を見ていた。
「越川みたいにまっすぐで優しいやつは他にいない。だからこんなに好きになったんだよ、悪いか」
「いや、悪いなんて言ってないけど」
なんでこういう言い方ばかりするのだろうと思いながら顔をじいっと見ると、百瀬の顔がぱっと赤くなってそっぽを向かれた。照れがこういう口調にさせているのかもしれない。そう考えたら、なんだか可愛く思えてきた。そういえば、今思い返すとラブレターの文面にもこの必死さが出ていたように思う。たしかに差出人は百瀬だ。
「越川が好きだ。つき合ってください」
あらためて気持ちを告げられ、唯もぼうっと頬が熱くなる。ふたりで真っ赤になって見つめ合うシチュエーションなんて、漫画でしかありえないと思った。でもこれは現実だ。
ごくりと唾を飲み、一度唇を引き結ぶ。ゆっくりと口を開いた唯に、百瀬は緊張した顔をさらに強張らせた。真剣なシーンだと思えば思うほどに緊張してどきどきする。
「えっと、……よろしくお願いします。僕、百瀬のことよく知らないけど、これから知りたい」




