Fromのないラブレター②
「隣の唯です」
勝手知ったる隣の家――長沢家のインターホンを押して名乗ると「開いてるよ」とスピーカーから声が届いた。玄関を入ると、ちょうど三兄弟の長男である音伊が帰宅したところだったようで、靴を脱いでいた。
「いっちゃん、おかえり」
「ただいま、唯」
くしゃくしゃと髪を撫でてくれて、くすぐったい気持ちになる。唯はひとりっ子だから、音伊にはいつも甘えさせてもらっている。色素の薄いさらさらの髪にヘイゼルの瞳、一八〇センチの高身長で整った顔立ちと、いろいろ揃いすぎている。そんな音伊は、とにかく優しい。なににでも真面目な性格で、今は大学一年生。大学生というだけでも大人の雰囲気があって恰好いい。
「いっちゃん、あのさ」
「なに?」
「……」
こんな経験がないから、どうやってさぐりを入れるかがわからない。
「どうした、なにか相談ごとか?」
「う、ううん。そういうのじゃない」
「そうか。なにかあったら俺でも相談に乗るくらいできるからな」
こくんと頷いてお礼を言うと、音伊は目を細めて微笑んだ。芸術品みたいな完成度だなあ、とぼんやり見入ったらまた頭を撫でられた。
音伊はいつも優しいから全然わからない。それに音伊は唯だけではなく、誰にでも優しいのだ。音伊の優しさからさぐるのは無理だ。
「晩ご飯食べてくか?」
「ううん、いい。家でお母さんが作ってくれてるから」
音伊と話しながらリビングに行くと、三男の莉音がテレビを見ていた。帰宅した音伊に気がついたようで、ふわっとした髪を揺らしてこちらを振り向く。髪の色と瞳の色は三兄弟みんな同じだ。
「ゆいちゃん、来てたの?」
ぴょんと跳びあがって駆け寄ってくる莉音は、間違いなく天使だ。中学三年生の受験生。可愛くても男子なので、身長は唯より八センチ高い一七八ある。成長期だからまだ伸びるだろう。志望校は兄や唯と同じ高校だ。来年からは莉音と一緒に学校に通えると思うと、楽しみのような心配なような。
莉音は天真爛漫という言葉がそのまま人間になったような子で、とにかく素直だ。だから悪い人にだまされたり利用されたりするのでは、と唯は心配が尽きない。それが莉音の魅力なのだが、男子にしては可愛い見た目の莉音をどうしても心配してしまう。本人はけっこう呑気で、心配する唯を笑うくらいだ。
でも、歳下で可愛い見た目でも莉音は男子だ。恋もするだろう。その相手が唯なんてことはあるのか。
「ゆいちゃん、もう少しで同じ高校に通えるね。模試の結果でも問題ないって先生が言ってたし、僕頑張る」
「そうだね。りいちゃんがうちの高校に来たら、みんな大騒ぎだろうな」
そもそも長沢家の三兄弟は美形三兄弟と有名なのだ。当然唯は昔から妬みの的になっている。三兄弟が唯を守るから、余計に嫉妬をされるのだ。
……ん?
もしあの手紙が、唯への妬みでからかってやろうというものだとしたら? その可能性は考えていなかったが、一番ありえる。
「うーん……」
でも妬みであんなに几帳面そうな手紙を送ってくるか。差出人は唯の住所を知っているしフルネームも知っている。
難しい。こういうことこそ三兄弟に相談するべきか。ラブレターなんて山ほどもらっているだろうし、経験をもとにアドバイスをもらったほうがいいかもしれない。
「でもなあ」
もし差出人が唯の予想どおり三兄弟のうちの誰かだったら、アドバイスをもらうのはまずい。
「どうした?」
「ゆいちゃーん?」
「……っ」
音伊と莉音に顔を覗き込まれ、慌てて頭を引く。見慣れていても美形は美形、眩しいのだ。ふたりとも唯の様子がおかしいことに首をかしげている。心配をかけたら悪いので、ごまかすように笑顔を作った。
「お腹空いたなあって思って」
お腹をさすりながら適当な言いわけを口にすると、音伊も莉音もほっとした顔をした。本当に優しい。
「ただいまー」
玄関から声が聞こえて、この人は絶対違う、と思う。リビングに入ってきたのは二男の士音だ。短めの髪で両耳に赤いピアスをつけている。他称どころか自身も認める遊び人の高校二年生だ。唯と同じ学校で、ひとつ上の先輩。三兄弟の中で一番背が高くて、一八二センチもある。唯より十二センチも高いなんてずるい。
「しおくん、おかえり」
「なんだ、唯来てたのか。てかその呼び方やめろ。俺が塩みたいだろ」
「だってずっとそう呼んでるもん、変えられないよ」
士音は唯の呼び方が以前から不満のようだ。たしかにみんな「士音」とか「士音くん」とか呼ぶ。唯は幼い頃の呼び方が抜けていないだけなのだが。
「それにしおくん、僕にはいっつも塩対応じゃん」
「なんで唯に優しくしないといけねえんだよ」
こういうことを言う。音伊の優しさを分けてもらったらどうだろう。昔からの仲にしても長男と三男の対応とまったく違う。たまには小さい頃の士音のような素直で優しい姿も見たい――いや、昔から意地悪な部分はあったか。塩対応というより意地悪だ、唯にだけ。女の子には甘い笑顔を振りまいているのを見かけたことがある。差がありすぎる。
とりあえず三兄弟が揃ったが、反応を見ていても三人ともいつもどおり。特に士音は絶対に違う。いや、そう思わせておいて実は、ということもあるのだろうか。本当にわからない。
「紅茶淹れるから座ってて」
音伊がキッチンに向かい、唯は士音と莉音と一緒にソファに座る。ちらちらと三人の様子を見ていても、普段と変わりがない。これはなかなか難しいミッションのようだ。
四人で紅茶を飲んで他愛のない話をした。そのあいだずっと様子を窺ってもまったくわからない。結局答えは出ないまま帰宅した。
「難しすぎる」
夕食後に自室でまた手紙を眺める。近しい人だとしたら、三兄弟以外に思い当たる人はいない。でも三人ともおかしい様子はなかった。本当に誰からなのだろう。




