第四章 揺れる心、放課後と帰り道
七月も下旬に差し掛かり、夏休み前の学校には、どこか浮ついた空気が漂っていた。
放課後の校舎には、生徒たちの足音や笑い声が遠くに響き、窓から差し込む西陽が、机や床を眩しく照らしていた。
蒸し暑さの残る空気の中、一花は帰り支度を終え、校門を抜けて駐輪場へ向かっていた。
ふと目に入ったのは、黒く光る恭平のバイク。
(……如月くん、今日も来うへんかな?)
昨日、少しだけ話したことを思い出す。
バイクのことを語る彼の姿は、教室で見せる無口な雰囲気とは違っていた。
一花はそっと近づき、昨日と同じようにバイクのタンクに映る夕陽を見つめる。
そのとき、また背後から足音がした。
「……今日も見に来たんか?」
振り返ると、恭平が立っていた。いつものようにヘルメットを手に持ち、少しだけ肩をすくめている。
「うん……なんか、昨日から気になってて」
「……そうか」
恭平はバイクのそばに歩み寄る。
「今日は乗って帰るんやけど……」
「ね、如月くん。お願いがあるんやけど」
「……なんや」
「私も、ちょっとだけ乗せてほしいなって思って」
その言葉に、恭平は一瞬動きを止めた。
「危ないし……やめといたほうがええ」
「大丈夫やって。私、如月くんのこと信じてるし」
一花は一歩近づいて、真っ直ぐに彼を見つめる。
「この前も、重たい荷物ひょいって持って歩いてたん見たよ。頼りになるって思ったんよ」
「……それとバイクは関係ないやろ」
「ふふ。でも、なんか如月くんなら安心できる気ぃするんよ」
恭平は言葉を失い、しばらく黙ったままバイクを見つめる。
「……ちょっとだけやぞ」
「やった!」
ヘルメットを渡されると、一花は少し戸惑いながらもかぶった。後ろに乗り込むと、ぎゅっと恭平の背中から手を回す。
「……おい、そんなにしがみつかんでもええ」
「だって初めてやもん。緊張するって」
「……落ちんようにだけ、しとけ」
エンジンの音が鳴り響き、バイクはゆっくりと走り出す。風が二人の間をすり抜け、一花の笑い声が後ろから届く。
「わぁ、ほんまに気持ちええな!」
「……そうか」
「ね、如月くんってさ……普段より楽しそうに見える」
「……せやろか」
「うん。なんか、こうやって一緒にいると、私まで素でいられる気ぃする」
信号待ち。バックミラーに映る一花の笑顔は西陽に照らされ、輝いていた。その一瞬、恭平の心臓が大きく跳ねた。
「……悪くないな」
「え、なに?」
「なんでもない」
青信号とともにアクセルをひねる。バイクは再び走り出し、二人だけの帰り道が夕陽に染まって伸びていった。その道は、いつもより少しだけ温かく感じられた。




