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第二部ー第三十六章 風と共に

陽翔の笑い声が、リビングに響いていた。


一花は洗濯物を畳みながら、その声に耳を傾ける。


遥斗が陽翔とブロックを積み上げている。


二人の距離は、驚くほど自然になっていた。


――このまま、こういう日々が続けばいいのかもしれない。


ふと、そんな考えが胸をよぎる。


けれど、その瞬間、心の奥で何かが疼いた。


恭平の笑顔が、遠い記憶から浮かび上がる。


「一花さん、今度の日曜、少し時間ありますか?」


遥斗の声に、現実へ引き戻される。


「……はい」


その返事が、なぜか重く響いた。


日曜の午後、カフェの窓際。


遥斗は、少し緊張した面持ちで向かいに座っていた。


「最近、陽翔と過ごす時間が増えて……すごく楽しいんです」


その言葉に、一花は微笑む。


けれど胸の奥はざわついていた。


「一花さんと一緒にいると、陽翔も安心してる気がする」


遥斗の視線が、まっすぐに自分を射抜く。


――この人は、未来を語ろうとしている。


その予感が、息を詰まらせた。


「……遥斗さん」


声が震える。何を言えばいいのか、わからない。


心の奥で、恭平の笑顔がちらつく。


あの日の声が、まだ耳に残っている。


「……この前、陽翔と出かけたんです」


一花は、ゆっくり言葉を選びながら続ける。


遥斗の目がわずかに輝くのを感じた。胸の奥が痛む。


「いろいろ考える時間になりました。……遥斗さんのことも」


その一言で、彼の表情に期待が宿る。


沈黙が落ちる。


時計の針の音がやけに大きく響いた。


「本当に、優しい人だと思ってます。陽翔にもよくしてくれて……感謝してます」


一花は微笑もうとしたが、唇が震えた。


遥斗は、何かを待っている。


その視線が重くて、息が詰まりそうだった。


「でも……」


その言葉に、遥斗の肩がわずかに強張る。


「お気持ちにお応えすることはできません。」


視線を落とし、両手を膝の上で握りしめる。


言葉を続ける勇気が出ない。


「ごめんなさい」


声が震えた。


遥斗は、しばらく何も言わなかった。やがて、静かに息を吐き、目を伏せる。


「……そうですか」


その声が、胸に深く沈んだ。


一花は、遥斗の横顔を見つめながら、心の奥で何度も繰り返す。


――言えない。あの理由だけは、今はまだ。


夜、陽翔が眠ったあと、一花は押し入れから小さな箱を取り出した。


智恵美から渡された、恭平の日記。


震える指でページをめくる。


――「生まれてくる子の笑顔を守りたい」


――「一花を幸せにしたい」


――「一花に逢いたい」


文字が滲んで見えた。


事故の日まで、恭平は書き続けていた。


「……どうして、こんなに……」


涙が頬を伝う。


遥斗の優しさに応えられない理由が、ここにある。


一花は、日記を胸に抱きしめた。


――恭平を愛し続ける。


でも、陽翔と歩む。


その決意を、誰にも言わないまま。


翌日、遥斗と再会した。


「昨日は……ごめんなさい」


一花は笑顔を作った。


遥斗も、静かに頷く。


距離感が、変わってしまったことを二人とも感じていた。


陽翔が「はると兄ちゃん!」と駆け寄る。


その笑顔に救われる。


一花は、心の奥で呟いた。


――恭平、あなたを忘れない。


そして、陽翔と歩いていく。


その想いを胸に秘めたまま、静かな午後の光が二人を包んでいた。


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