第二部-第二十九章 罪悪感の向こう側
スマホの画面に「遥斗さん」からのメッセージが光っていた。
『今度、よかったらカフェでお茶しませんか?』
一花は指先を止めたまま、しばらく動けなかった。
胸の奥で、智恵美の声が響く。
――『恭平兄ちゃんを忘れるつもりなん?』
深く息を吐いて、美咲に電話をかける。
「……美咲、ちょっと相談してええ?」
「なに?声、めっちゃ暗いけど。」
「……遥斗さんから、カフェ誘われてん。」
その言葉を口にした瞬間、胸がきしむ。
「ええやん!行ったらええやん!」
美咲の声は明るく弾んだ。
「いや……うち、そんな気持ちになれへんし……」
「気持ちって、別に恋愛ちゃうやん。お茶やで?ただ話すだけやん。」
「でも……恭平のこと……」
「一花。」
美咲の声が少し低くなる。
「何も恭平くんのこと、忘れろって言うてんのとちゃうで。でもな、これからの事もあるやろ?」
その言葉が、胸に重く響く。
「陽翔のためにも、ママが笑ってるほうがええんやで。」
「……わかってる。でも、罪悪感が……」
「罪悪感なんて、誰も責めへんよ。智恵美ちゃんはきついこと言うかもしれんけど……」
美咲は一瞬言葉を切り、優しく続けた。
「一花、あんた頑張ってるやん。ちょっとくらい、自分の時間持ってもええやん。」
一花は唇を噛んだ。
「……一回だけ、行ってみよかな。」
「そうそう!カフェでお茶するだけやん。気楽に行ってき!」
美咲の声が、背中を押すように響いた。
スマホを握りしめながら、一花は深く息を吐いた。
――恭平なら、うちの立場になってたらどうしたやろ。
その問いが、胸の奥で渦を巻く。
カフェ、夕暮れの街
夕暮れの街は、オレンジ色の光に包まれていた。
秋の風が頬をかすめ、薄手のジャケットの襟を指先で整える。
舗道には落ち葉が舞い、カサカサと乾いた音を立てていた。
一花は足早にカフェへ向かう。
ガラス越しに見える店内は、柔らかな光に満ちていた。
木のテーブル、観葉植物、静かな音楽。
その温もりが、外のひんやりした空気と対照的で、心を少し落ち着かせる。
「一花さん。」
声に振り向くと、遥斗が立っていた。
黒のジャケットに、穏やかな笑顔。
その笑顔に、一花の胸がまたざわつく。
――恭平なら、どんな顔で待ってたやろ。
その思いが、痛みとともに込み上げる。
「すみません、待たせました?」
「いえ、今来たとこです。」
遥斗の声は柔らかく、誠実さが滲んでいた。
席に着くと、カフェの温かい光が二人を包む。
カップがテーブルに置かれる音が、静かな空気に響く。
「ここ、よく来るんですか?」
「いえ、久しぶりです。」
会話はぎこちない。
でも、遥斗の目はまっすぐで、どこか安心感があった。
「陽翔くん、ほんまに元気ですよね。」
「……はい。保育園でも、よう遊んでます。」
その言葉に、一花の胸が少し緩む。
――この人、ほんまに陽翔のこと見てくれてるんやな。
その思いが、心に小さな灯をともす。
でも、次の瞬間、智恵美の声がよぎる。
――『恭平兄ちゃんを忘れるなんて許せへん。』
その言葉が、カフェの温もりを一瞬で冷たくする。
「……一花さん?」
遥斗の声に、はっとして笑みを作る。
「すみません、ちょっと考えごとを。」
「無理せんでええですよ。」
その言葉が、優しく胸に響いた。
そして、陽翔の話で笑い合い、ぎこちなさが少しずつほどけていく。
その温もりに、一花の胸に小さな灯がともった。
カフェを出ると、少し冷たい風が頬を刺した。
街灯が淡く光り、舗道に長い影を落としている。
一花はジャケットの襟を立て、深く息を吐いた。
遥斗が隣で歩調を合わせる。
「駅まで送ります。」
「いえ、大丈夫ですから。」
「そんな、一人で帰らせるわけにはいきません。」
その言葉に、一花の胸がまた揺れる。
――恭平なら、どうしたやろ。
その問いが、夜風に紛れて消えていく。
駅前に着くと、遥斗が軽く頭を下げた。
「今日は、ありがとうございました。一花さんと話せて、よかったです。」
その声は誠実で、まっすぐだった。
一花は笑みを作りながら、胸の奥で罪悪感が膨らむ。
――恭平、ごめん。
その言葉が、心の中で静かに響いた。
「……こちらこそ、ありがとうございました。」
一花は小さく頭を下げ、改札へ向かう。
背中に、遥斗の視線を感じながら。
冷たい風が頬を撫でる。
その風に紛れて、一花の小さな声が夜に溶けた。
「……うちは、どうしたらええんやろ。」




