オカルト最高!
数日後の午後。
ひよりが、勇気を振り絞って、私の部屋を訪れた。
「こ、こんにちは……」
「おーっ、ひより! おかえり!」
「いや、来ただけだから……お邪魔します……」
どこか落ち着かない様子で立っているひよりを、私は笑顔でリビングに案内した。内装はすっかりリノベ済み。壁も床もピカピカ、観測機材の跡形もない。──観測チェンバー分、リビングはちょっと狭くなってるけど、もともと隣室とぶち抜いて二部屋つなげたから、むしろ前より広々してるくらい。おつりが来る、ってやつ。それでも──
「うう……やっぱり、まだちょっと緊張する……」
ひよりは部屋の空気を確かめるように、慎重な足取りで一歩一歩進んでくる。目に見える怪異はなくても、記憶の中にはまだ“あの夜”が残っているのかもしれない。それでもこうして来た。それだけで、ほんとにえらい。
「まあまあ、怖がらないで。今やここは、防音・冷暖房・床暖房完備の、健康的ステキ物件だから!」
私はテンション高めに両手を広げてみせる。
「怖いものなんて──」
ふわり
「ひっ!?」
気づけば、カーテンが音もなく、スルスルと開いていた。
その場でぺたんと座り込んだひよりが、挙動不審な視線でカーテンを凝視する。
「な、なに今の!? 誰かいるの!?」
「いやいやいや! ただのスマートカーテンです! 文明の利器! 最新家電! テクノロジーの勝利!」
私は慌ててリモコンを取り出し、オン・オフを操作して見せる。
「……でも、いま、動いたカーテンの影が……」
「それは! たまたま! 光と風と角度のハーモニー! 霊的なアレじゃない!! ゼロオカルト!! 断じて!!」
ひよりが立ち上がるより早く、私は全力で弁明しながら、意味のないポーズでリモコンを振っていた。
そんなドタバタ劇の真っ只中──
「相変わらず賑やかね」
アヤが、タブレット片手にすっと登場した。
ひよりがびくっと肩を震わせる。
「……あっ、アヤさん……い、いらっしゃったんですね……!」
私は苦笑しながら、ひよりの耳元でこっそり説明した。
「大丈夫。アヤさんは観測チェンバーでデータ確認してただけだから。たまにここ来て、チェックしてくんだよ。」
おもむろにアヤがタブレットを開く。
「まあ、せっかく設備も整ってることだし、何かあったときのために最低限のチェックはしておこうと思って」
それを聞いて、ひよりがそっと手を上げる。
「……あの、でも……観測って意味あるんですか? あれ以来、何も起きてないんですよね……?」
アヤはふっと笑って、静かに言葉を返す。
「確かに今は何もないわ。でも、『怪語らば怪きたり』。有名な言葉よね」
──この人、そういうとこ本当ブレないんだよな。
たしかに百物語って、最後のひとつを語り終えた瞬間、何かが現れるっていう古典の怪談フォーマットがあるけど……。
「1回百物語しただけで来るなら、何年も執着した執念がある場所には──
来てしかるべきだと思わない?」
ぴしっ。
ひよりが固まった。
そのままぎこちないロボットみたいな動きで、私のほうに向き直る。
「……みこと、ほんとう……?」
「う、うん……そういう話、あるし……よく聞くし……」
私はオカルト愛好家として反射的にうなずいた。
その瞬間──
「いやあああああっ!!?」
ひよりが涙目になって、その場からダッシュで逃走しかけた。
「ちょっ、まってひより! 今のよく聞くって、実在って意味じゃなくて──!」
ドタバタと慌てて追いかける私の背後で、
「……あらあら」
アヤが、いつものメイド付きで優雅に紅茶を啜っていた。
……やっぱりこの人、絶対ちょっと楽しんでる。
なんとか玄関先で取り押さえ──じゃなくて説得して、ひよりを無事リビングに連れ戻すと、無言のメイドさんがタイミングぴったりに温かい紅茶を差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
ひよりがおそるおそる受け取って、小さく息をつく。
一方アヤはというと、ソファでタブレットを広げながら、完全に我関せずモードでセンサーのデータチェック中。視線すら寄越さないあたり、もう日常って感じがする。いや、こっちのテンション的には全然日常じゃないんだけど!
でも、紅茶を両手で包んだひよりの表情が、少しやわらいでるのを見て──
まあ、いっかって思った。
ひよりがまた、こうして笑って話せるようになってきた。
私は今、その隣にいる。
たぶん、それがいちばん大事なことなんだと思う。
さあ、こいオカルト現象!
その気配も、音も、動きも、ぜんぶこの目で見届けてあげる。
……で、現れたらすぐアヤに報告っと。
うん、完璧な布陣。
だから私は、今日もこの部屋で、元気に生活してます。
──オカルトって、やっぱ最高!
ふと背後で、スマートカーテンがふわりと揺れた。
風はない。タイマー設定も……たしか、切ってあったはずだけど。
……まあ、気のせい。たぶん、ね。