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私の部屋

深夜、帰り道。アヤと別れて、私はそのまままっすぐ自分のアパートへ帰った。

さすがにこの時間からひよりを訪ねるわけにもいかないし──あの実験のあとじゃ、正直ちょっとクールダウンが必要だった。

科学でも否定できない、かもしれない『音』。

真空チャンバーまで使って、0時きっかりを見届けた結果が沈黙だったっていうのに、なぜか、あのクローゼットは……静かすぎて、余計に何かが潜んでるような気さえしてしまった。


アパートの鍵を開けて、ベッドに倒れ込む。今日はゆっくり休む……はずだった。でも。


「あああああああっ!!」


両手で顔を覆ってベッドに倒れ込む。思い出し恥のあまり、足元がバタバタ暴れる。

やってしまった。思い出してしまった。なぜ今このタイミングで!

あの日。ひよりにあの話を聞いた日の、ひよりの部屋。

──『部屋は綺麗なのに、なんか、空気が変だね……』

思い出しただけで、顔から火を吹きそう。

私、あのテンションで言ったんだよね?憑いてるとかホンモノだとか、何の根拠もないくせに、目をキラキラさせて。

しかも今にして思えば、人為的なストーカー被害だったわけで。

いや、ほんとごめん!!!

枕に顔を押しつけながら、私は何度も転がった。

言った本人がいちばん後悔してるこの事実!私の発言、テンションだけで前に突っ走ってて、内容はほぼ気合い!あれをマジ顔で受け止めてたひより、どれだけ不安だったんだよぉぉ!

ひよりとのホテルの部屋で見た画面から感じた視線も完全に気のせいだったわけだし!

あああ……どこかの次元にワープして、あの日の自分の口を両手で塞ぎたい。

『大丈夫、今のはたぶん見てるだけ系。直接手出ししてくるタイプじゃない。今は、まだね』とか『ひより、すごいよ! これ、ホンモノだよ!!』とか、今思えば、いろいろ言いすぎてて黒歴史が過ぎる。

『じゃあ、見せてもらおうか……クローゼット・オープン!』って何そのテンション!? 名探偵気取りか!?

『うん、やっぱ……いるな、これ』だからなんでそんな即断即決!?

──はい死んだー!! 当時の私、完全にアウトー!!!

「いやぁぁぁっ!いっそ殺してぇぇえぇっ!!!」

体を縮めて転がりながら叫んだ瞬間。

壁から、──ドン!!

「……えっ」

一瞬、心臓が止まったかと思った。

壁の向こうからの、あまりにも分かりやすい苦情の一撃。

「ちょ、ご、ごめんなさ……っ、すみませんすみません……!!」

慌てて正座して、壁に向かって深く頭を下げる。


けど次の瞬間、スマホが震えた。

着信画面に表示された名前は──桐島管理センター。

「…………」

私は、その場に崩れ落ちた。

顔面蒼白。

でも心の中ではもうひとつの声が、囁いていた。

(──これが怪異より怖い、リアルの報い……っ!)

こうして私は、ホンモノテンションの黒歴史を部屋ごと晒して、社会的に詰みかけたのであった。


……もう、いっそ引っ越したい。って本気で思った。あのときは。


──で、そんな私が今いるのは『あの部屋』、つまり、ひよりが住んでいたあの部屋のベッドの上である。

……なぜか、すっかり住人モードで。

私の荷物に、私のタオルに、私のパーカー。

壁に吊るされたミニ鏡や、オカルトグッズ詰め合わせのキャリーバッグ。

見慣れた連中が、どや顔でここが私の家ですが何か?みたいに並んでる。 


いや、分かってるよ!?ツッコミどころ満載ってことくらい!!

でもそこには──いろいろ、いろいろ事情があったんだよ!


それは、少し前のこと。


「ところで佐伯さん、例の部屋──もう一度、住むつもりはない?」


アヤが、まるで雑談みたいな口ぶりで切り出した。

場所はキャンパス内のカフェテリア。午後の光が差し込むテラス席で、アヤは紅茶をくるくるかき混ぜながら、いつもの優雅さ100%の笑みを浮かべている。……けど。

周囲の学生たちが、遠巻きにこちらを見ながらひそひそやってるの、まる見えなんですけど!?

わかるけど! 美人+高貴オーラ+謎発言コンボは、確かに視線集めるよね!?

でも、当のひよりはというと──その声を聞いた瞬間、ピクリと肩を震わせた。


「……無理、です……」


ぽつりと落ちたその一言のあと、目元に涙が浮かぶ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……でも、あそこに戻るなんて、怖すぎて……」


ひよりの手は震えていて、声も細くて、こっちまで胸がぎゅっとなる。

アヤは何も言わずに、そっとティッシュを差し出した。

私はというと、その隣でただただオロオロしていた。何もできずに、目線を泳がせながら水を飲むふりして、ストローを吸いすぎて空気ばっか入ってきた。つらい。

──という経緯が、ありまして。


数日後。私は、「あの部屋どうなったかなー」と軽い気持ちで実践オカ研の部室を訪れた。──それが、すべての罠だったわけだが。


「ふふ、リノベーション、完了したわよ」


部室の一角。アヤは資料を開いたタブレットをテーブルに置き、紅茶をすすりながらにっこり笑っていた。


「バス・トイレは完全分離式で新品。システムキッチンも換装済み。床暖房あり。それと、観測機器は旧クローゼットを再利用した密閉チャンバーに設置。

完全独立構造で、室内の生活音は一切記録に影響しない設計になってるわ。

ついでに壁も床もフル防音。冷暖房完備。家具・家電・モニターつき」


……なぜか私は、アヤから不動産営業ばりのプレゼンを受けていた。


「お、おお……いい物件ですねー……」


とりあえず営業スマイルでお茶を濁す私に、アヤがさらりと決定打を放つ。


「家賃、ゼロよ」

「……えっ?」

「住まない?」

「いや無理無理無理無理無理!!!」


反射で立ち上がった。イスがガタッと音を立てる。


「だってそこ、ストーカーが24時間体制で監視してたんですよ!?

部屋中にカメラとかマイクが埋め込んであって、視線ビシバシ感じて……!

最終的に犯人は捕まったけど、そんな奴が粘着してた部屋なんですよ!? 無理に決まってるでしょ!?」

「でも、あの音、不思議だったでしょ?」

「う」


確かに、真空チャンバーで実験したあの夜以来、カツンの音はぱったり止んだ。

人為的な仕掛けじゃなかったなら、じゃああれって……やっぱり、ホンモノだったのかもしれない。そう思えるだけの不自然さは、確かにあった。

──ってことは、あの部屋、ガチで心霊物件だった……?

いやいや、それってむしろラッキー案件なのでは!?だって本物の心霊現象が実際に起こる部屋って、オカルト好きとしては、まさに夢の物件!録音・録画・現地調査もオートでされてて、家賃ゼロで住み放題!?あれ? なんかワンチャンある気がしてきたぞ……?

でも!

でもでもでも!!

そもそもそこ、ストーカーが生活全記録とってた部屋だから!壁の中に機材埋められて、風の流れで気配演出されて、視線トリックまで計算されて……!マジで、あの空間に“気持ち悪い”が詰まってる!

どれだけリノベして綺麗にしても、そこに染みついてる気配って、たぶん消えない!!


「……うわぁ、ホンモノなら住んでみたいけど、ストーカーの名残部屋はやっぱ無理かも……っ!」


私は頭を抱えて、その場でぐるぐる悩んだ。


「──ちなみに、今回の調査と改修にかかった費用総額なんだけど」


ストーカーとオカルトの間で微妙に揺れ始めた私にアヤがすっとタブレットをこちらに向けてくる。

画面には、見たことのないケタ数の数字がズラリ。

“特殊工事費 一式 ××万円”

“調査機材レンタル料(1日あたり) ×××円 ×30日分”

“保守管理費(月額)”

“センサー群交換コスト”

“業者特別協力料”……などなど、地獄の明細書がそこにあった。見てはいけない。見たらいけないと思った。でも、目が、勝手に……!!


「………………住ませてください」


私はイスに崩れ落ちながら、静かに敗北を認めた。この金額見たら、無理……。無理って言うしか、無理……。なんだこれ、命の値段か。どこかの国家機密施設か。

アヤはその様子を見ながら、いつもの涼しい笑顔でこう言った。


「安心して。請求する気はないわ。でも、調査協力としてそこにしばらく住んでもらうくらいしてもらっても、妥当な交換条件だと思うのだけど?」

「ハイ、オッシャルトオリデス……」


机に突っ伏した私は、魂の抜けた声で返事をした。


「──ちなみに、あの怪異演出だけど」


アヤはカップを置きながら、まるで雑談の続きを始めるみたいな声で言った。


「例のストーカー、喋ったわ。というか、調書の中で供述したの」


私は思わず、手に持ってたカップを置いた。


「……え、何を?」

「『あの子、怖がりだったから。そうすれば、また僕を頼ってくれるって思った』──だそうよ」


背筋に、スッと冷たいものが走った。


「『中学のころ、あんなに僕のこと慕ってたのに』──とも。本人目線ではね」

「うえっ……きも……」


私は素で声が漏れた。


「心霊現象に見えるように演出すれば、佐伯さんは恐怖で孤立して、自分だけを頼るようになる──そう考えたらしいわ。本人曰く、『実際にそういう展開、漫画とかでもあるじゃないですか』ですって」

「現実でやるなー!!!」


頭を抱えたくなるほど、筋金入りの気持ち悪さだった。

……ひよりは、そんな異常者に狙われていたんだ。

胸の奥が、ぞわりと波立つ。何も知らずに暮らしてた彼女を思うと、怒りとも違う何かが込み上げてきた。


「ストーカーのくせに、勝手に慕われてたことにして……うわ、なんかもう、無理……」


私は顔を覆った。


「でも、彼女はちゃんと逃げた。怖くても、言葉にして、助けを求めた。それを受け取ったのが、あなただったってことよ」

「……いや、私は最初、わりとテンションで突撃して……」

「最初は勢いでも、最後に決めたのはあなたの判断じゃない?」


アヤの笑みは、いつもどおりの優雅さ100%……に見えて、たぶん80%くらい愉快さも混じってる。

あれ絶対、楽しんでるよね!? 私の反応見て、ちょっと面白がってるでしょ!?


でも……なんか悔しいけど、ちょっとだけ説得された気もするんだよね……!

最後の一押しが、謎のしみじみ説得ってズルくない!?

──そんなこんなで私は、脅し・金額・なんかいい話風の締めの三連コンボに押し切られ、あの曰くつきの部屋に住むことになったのでした。


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