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どうしよう

しがみついてたひよりを何とか引きはがしてみたら、ひよりが涙目で私のほうを見てるのに気が付いてしまった。


「……大丈夫。今日はもう何も起きないって。電気もついてるし、私もいるし。だから、少しでも休もう?」


ひよりはおとなしく頷いて、そのまま目を閉じる。

しばらくして──かすかな寝息が聞こえてきた。

……よかった。ようやく落ち着いてきた、っぽい。

と、安心しかけたその瞬間。

すっ、と腕が巻きついてきた。


「おっと……?」


ひよりの方を見ると──寝たまま、腕が伸びてる。

あ、これ無意識にしがみついてくるやつか。

たぶん、何か抱いてると落ち着くタイプだな……ぬいぐるみポジションが私なの、光栄ってことでいいのか。

私はため息まじりに目を閉じて、深呼吸をひとつ。

……まあ、これで今日は終わり、だよね。たぶん。

私も寝ようとしたんだけど──やっぱり、眠れなかった。

目を閉じても、頭の中ではさっきの映像がぐるぐる再生されてる。

あの目。カーテンの向こうから、確かに何かがこっちを見ていた。

あれって、やっぱり──本物、だったんじゃ……?


考えれば考えるほど、興奮というか、高揚感というか……とにかくアドレナリンが止まらない。

たぶん今、寝るっていう行為に一番向いてないテンションだと思う。

ひよりに抱き着かれたまま天井を見たり、目を閉じたり。やっぱりテンション下がらなくて夜のことを思い出したりを繰り返すうちに、だんだん空が白んできて。

(やば、もう明け方じゃん……)

でも、不思議と身体はじんわりあったかくて、ようやく眠気がやってきた。

……ちょっとだけでも、寝とこ……。


──うとうとしかけた、そのとき。

ぐいっ! と、全身を抱き寄せられた。


「……ふぐっ!?」


ひよりが寝たまま、がっつり私をホールドしてきてる。しかもそのまま、のしかかってきてるんですけど!?

ちょ、重いってば! あと胸っ!!今、私の顔の上にあるんですけど!!!

押しのけようとして──ん? ……あれ? 腕、動かないんだけど?

なんで!? 力はそんなに強くないはずなのに、なんでこんなにがっちり固定されてるの!?

しかも、ラベンダー系の柔軟剤っぽい香りがふわっと鼻に──

……って、のんきに香り分析してる場合じゃなかった!!

じわじわと顔が沈んでいく。胸に、徐々に埋まっていく感触。柔らかすぎる。え、これノーブラなの!?

気づけば腕だけじゃなく、足まで絡め取られてる。下半身まで完全に封じられてて、びくともしない。


「もごーー!!(ひより、離して!)」


げ、もう声も出ない!? やばい、何とか抜け出さないと!

もがけばもがくほど、ひよりの体にぴったり押しつけられて、どこにも逃げ場がない。

そのうち、鼻までぴったり密着。

パジャマの布越しに、ほんのわずかに空気が通る気はするけど──全然足りない!

呼吸しようとしても、吸った瞬間に布が肌に張りついて、空気が入ってこない!


「んーっ! んーーーっ!!(ちょっ、離して!! 空気!!)」


逃げようにも、肩も腕もがっちりホールドされてて、声もかすれた呻きしか出せない。

──うそ、ほんとにこのままだと、私が先に幽霊側に行っちゃうってば!!?

肺の空気も限界に近づいてきて、頭がぼんやりしてくる。

もう噛みつくしかない? いやでも、それやったら女子としていろいろアウトでは!?


──でもそのとき。

ほんの一瞬だけ、ひよりの腕の力が、ふっと緩んだ。

……今しかない!!

残った力を全力でぶっこんで、顔を胸から引きはがす!


「起きろ――――!!!」


ひよりが、むにゃっと目を開けて、ぼんやりこっちを見て──


「……あれ……おはよ、みこと……ちゃんと寝れた……?」

「ギリで! 生きてたわ!!」



やっと解放された私は布団に沈み込みながら、天井をぐでーっと見上げた。

全身から、力という力が抜けていく。いやほんと、たぶん、あとすこしでマジでやばかった。

しばらく放心していたけど、ふと横を見ると──

ひよりの顔には、昨日の今にも泣きそうな気配はもうなかった。

ほわっと穏やかな寝顔。

それが逆に……なんか、すごい理不尽!!

でも、まあ──これで少しは、安心できたってことなのかもしれない。

うん。これはこれで……成果、だよね。

命と引き換えになりかけたけど!!


「ね、昨日の録画……見てみよっか」


気を取り直した私がそう切り出すと、ひよりはちょっとだけ緊張した表情のまま、小さく頷いた。

──よし、生き延びた甲斐があった!

私はスマホを手に取り、クラウドに保存されている録画データを呼び出す。

映像はばっちり、クローゼットを正面からとらえた定点カメラ状態だ。


「よーし、0時ちょっと前まで飛ばして……っと」


──23:59。

画面には、静かな部屋。カーテンも微動だにせず、音もなし。

──そして。

──カツン。


「……来たっ!」


しっかり録音されてる。何か固いもので叩いたような音。

そしてその直後。


「あ、ねえ、ひより、ここ……見て……」

「え……? え、え、うそ、なにこれ、目!? 目なの!?!?」


クローゼット中心な画面の中で端に映っているカーテンのすき間に、ほんの一瞬だけ──光る目のようなものが映っていた。


「やっぱ、写ってた……認知欲求高め系幽霊、マジだったんだ……!」

「…………」


ひよりはスマホの画面に釘付けになった。

そのまま、ゆっくりと毛布を引き寄せて──スッ……。


「え、ちょ、ちょっと!? 急にベッドに引きこもらないで!? 現実からログアウトしないで!?」


私は慌てて声をかけたけど、ひよりは毛布から顔だけ出して、ぼそりと呟いた。


「……ごめん、みこと。やっぱり私……この部屋、もう無理かも」


その表情は本気だった。目のハイライトが消えかけてる。

「やっぱり無理」のイントネーションに、もはや諦めと悟りすら感じる。


「いやまあ、うん、それはそう。逆によく今まで我慢してたね!?」


やばい。いまのひより、これ正常な判断ができなくなってる!

部屋がこわいのにベッドに引きこもってどうするの!!


「じゃ、じゃあさ、今日はどっか泊まろ? ビジネスホテルとか……」

「……ううん……」


ひよりは少し黙って、それから小さく言った。


「……できれば……みことの部屋に行きたい……」

「……えっ、うち?」

「ごめん……やっぱり、知ってる人がいる場所のほうが……落ち着くから……」

「……了解! じゃあ、うちに避難しよ!」


ひよりがパジャマのまま荷造りを始めたので、私はキャリーバッグを開けて塩と護符を全部回収。

部屋の空気がまた少しだけ重くなったように感じたのは、気のせいだと信じたい。


「よし、荷物まとめて、出発っ!」


その日の午前、私たちは最低限の荷物をまとめて、私のアパートへ避難した。

引っ越してまだ二ヶ月ほど。部屋は一応ワンルームの六畳──だけど、すでにかなりカオス化していた。

壁際には本棚がびっしりと並び、心霊系の書籍や雑誌、CD-ROM入りの古雑誌バックナンバーまでがギッシリ。机の上には録音機器や塩、瓶詰めのハーブなどが雑然と置かれ、足元には資料の山が積み上がっている。


ドアを開けて中に入ったひよりは、そっと立ち止まり、目をぱちぱちさせた。


「……あっ、なんだか……研究所、みたい……」

「ふふふ、よくぞ気づいた! ここが私の“秘密基地”よ!」

「……いっぱい、本……すごいね……」

「狭い分、縦に積む! これぞ都市型収納術!」


ひよりは少しおどけたように笑って、それからふぅっと小さく息をついた。


「……うん。なんか……落ち着くかも」


狭いスペースをなんとか確保して、私たちは床に布団をふたつ、ぎりぎり並べた。ぴったり寄せないと足元が通れないレベル。頭の上には本棚がせり出していて、寝返りにも慎重さが求められる。文字通り、身体の隙間にも本が入り込んできそうな密度だ。


「これが……都市型布団運用……!」

「狭いけど……あったかいかも……」


ひよりはくすっと笑い、そっと毛布にくるまった。ふぅ、と一息ついたそのとき。

私の背筋がスンッと冷える。


「……あっ」


やってしまった。

録画用のWebカメラ──つまりサブスマホ──ひよりの部屋に置きっぱなしだ。

でもまだWi-Fiは繋がってる。

試しにスマホでリモート確認を開いてみると、映ってる。

誰もいない、あの部屋の映像。

……のはずなのに。

画面の奥、なにかが、じわりとにじんでいるような──そんな気配が、あった。

私はスマホの画面を睨みながら、眉をひそめた。


「……ひより。これ、なんか変じゃない?」

「変って……?」

「この画面、ずっと定点カメラ状態でしょ? なのに……視線を感じるの、こっち側に」


ひよりも覗き込んできたけど、すぐに顔をそむけた。


「……わかんない。怖い……」


私はもう一度、画面の奥を見つめた。

カーテンの向こう。クローゼットの手前。何もないはずの空間。

でも、どこかに意識があるような──静かにこっちを伺っているような……


「……これ、やっぱり本物かもしれない」


幽霊だって、Wi-Fi越しに見てくることぐらい、あるのかもしれない──

そう思わせるだけの、異常な圧が、あの部屋には残っていた。


私は布団に入る前、スマホを見つめながら小さく呟いた。


「……もう私じゃ手に負えないな。明日、専門家に相談してみよう……」


ひよりの異変、録画に映った目、Wi-Fi越しに感じた視線の気配。

どれをとっても普通じゃない。

だからこそ──きちんとした知識を持ってる誰かに、話を聞いてみるべきだ。

その決意を胸に、私はようやく布団にもぐり込んだ。

電気スタンドを枕元にセットして、スマホの充電を確認。

ふと横を見ると、ひよりはまだ少し緊張した顔で、布団の上にちょこんと座っていた。


「……落ち着けてる?」


そう声をかけると、ひよりは小さく頷いて、毛布を胸元まで引き寄せた。


「……うん。たぶん……でも……電気……消さなくてもいいかな……?」

「つけっぱなしがいい? じゃあ、そうしよう」

「ありがとう……じゃあ、おやすみ……」


そう言ったひよりは、布団の端にそっと丸くなった。

よしよし。これなら今日は平和に終わ……るはず──


──そう思った、そのとき。

背中に、ぴとっ……と、何か柔らかい感触が当たった。

そのまま、ひよりの腕がすっと伸びてきて、私の体をぎゅっと抱きしめてくる。


「……え、ひより!? ちょ、いつの間に私の布団に!?」


驚いてひよりの顔を見るけど、どう見ても寝てる。完全に寝顔。

なのに、腕がしっかり絡んできてて──え、ちょっと待って?


なんで……なんでこんな細い腕なのに引きはがせないの……!?

見た目はふにゃっとしてるのに、巻きつかれると何故か動けない。何これ、どうなってるの!?


「ひより!? ちょ、天丼は勘弁して!! ってこの娘起きないな!? ぐぇっ!?」


──こうして、夜は静かに──でも確実に、私の命を削りながら更けていったのだった。

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