これ、ホンモノだ!
──その日の夕方、私は講義が終わると同時にダッシュ!
自分のアパートに飛び込み、秘蔵のオカルトグッズをキャリーバッグにギュウギュウ詰め込む。
胸の高鳴りが止まらない……だって、ついに本物の心霊現象に遭遇するチャンスが来たんだから!
今までは心霊動画や怖い話でニヤニヤしてただけだけど、現場に行くのは初めて!
正直、興奮100%!
絶対に本物を見てやるんだから!
キャリーバッグの取っ手をぎゅっと握って、駅に到着。
……ひよりがもう、不安そうに待ってた。
「ごめんごめん! コンビニで護符を印刷してたらちょっと遅れちゃった!」
息を切らして駆け寄ると、ひよりが私のキャリーバッグを指さして目を丸くする。
「それ……なに? ずいぶん重そうだけど……大丈夫なの?」
「そりゃあね! 初めての実地心霊調査なんだから、気合い入れて準備しないと!」
胸を張る私に、ひよりはちょっとだけ苦笑した。
「うん……みことらしい、かも……」
「へへっ、気合で持ってきたよ! これで何があっても大丈夫!……たぶん!」
キャリーバッグをバンバン叩いてみせる。
「……ごめんね。みこと、つきあわせちゃって……」
「いやいや、こっちこそ一緒に行かせてもらえてラッキーって感じだよ!」
静かな夕方の通りを、二人並んで歩く。
口数少なめのひよりと、内心テンション爆上がりな私。
たぶん、見た目にはめちゃくちゃアンバランスなコンビだったと思う。
私はひよりと並んで歩きながら、頭の中は現場で何が起きるかでいっぱいだった。
だから、最初は気づかなかった。
ひよりの足取りが、だんだん重くなっていることに。
「……あれ? ひより、大丈夫?」
声をかけて、ようやく少し顔色が悪いことに気がついた。
ひよりは、少しだけ驚いたようにこちらを見て、それから小さく笑った。
「……うん、大丈夫。みことが来てくれてるし……頑張らなきゃね」
その頑張るって言葉に、ちょっとだけ胸がチクッとした。
私、テンション上がりすぎて、ひよりの気持ち……ちゃんと見てなかったかも。
でも、それでもやっぱり──
現場に行けるってだけで、私の足取りは軽かった。
そして私たちは、そのままひよりのマンションへと向かった。
オートロック付き、駅近、綺麗な外観──ちょっと、想像以上に立派じゃない?
エレベーターで五階まで上がって、いざ、ひよりの部屋へ。
「広っ!? なにこの部屋、めちゃくちゃすごいんだけど!? ひよりってもしかして……お嬢様!?」
キッチンとリビングが分かれてる、だと!?
こんな豪華な賃貸……世の中に本当に存在してたんだ……!
「そんなことないよ。ただ……両親が心配だから、セキュリティがちゃんとしてるところをって……」
うっ……自分のアパートと比べてちょっと悲しくなった。
ええい、今はそんなことどうでもいい! 問題は心霊現象!
リビングに入ると、白を基調にした綺麗なインテリア。
壁際のベッド、化粧台、ノートパソコン、来客用のソファとテーブルまで完備。……でも。
「部屋は綺麗なのに、なんか、空気が変だね……」
私がそう呟くと、ひよりが震える声でクローゼットを指さした。
「あそこ……毎晩、0時ぴったりに『カツン』って音がするの。最初は何かが当たったのかなって思って、開けてみたんだけど……」
ひよりは視線を落として、続ける。
「中には……私の服が掛かってるだけで、音が鳴りそうなものなんて……何もなくて……」
──よし、現場確認だ!
「じゃあ、改めて開けてみよう! いざ、クローゼット・オープン!」
私は気合いを入れて引き戸に手をかけ、スライド。
──ギィ……
中には、整然と並んだ服。奥に収納ボックス、床にはキャリーケース。
ぱっと見、異常なし。
「……たしかに、おかしいってほどじゃないけど……」
でも、空気だけが妙にざらついてる。居心地の悪さだけが、じっと残ってる。
「うん、やっぱ……いるな、これ」
「や、やめてよ……そういうの、怖いから……」
ひよりが口をとがらせる。
私はキャリーバッグを開けて、ずらりと並ぶオカルトグッズを見せた。
「……これ、本当に……効果、あるの?」
「信じる者は救われるって言うし! 気休めでも、ないよりマシだよ!」
正直、効くかどうかなんて私にもわからない。
でも今のひよりには、効きそうって思えるものが、絶対に必要だ。
「でも、こういうのって……逆に寄ってきたりしない……?」
「大丈夫大丈夫! 今までこれが置いてあった私の部屋では一回も何も出たことないし!」
「……その理屈で安心していいの……?」
ひよりが夕飯を作ってくれる間、私はグッズの配置を開始。怖いからと、キッチンとの仕切り戸は開けっぱなしのまま。
印刷したての護符はクローゼットの扉に。気配が濃いところには鏡とハーブ。
部屋の四隅には盛り塩、五円玉も結界代わりにペタペタ。
「おまたせ……わ、すご……」
「でしょ? いかにも効きそうって感じするでしょ!」
「……その気分は分からないよ……」
夕飯を食べながら、タイムスケジュールの確認。
「……今のところ、まだ『カツン』って音はしてないんだよね?」
「うん。いつもぴったり0時に、一回だけ……それまでは静か、なはず」
「じゃ、今日はこのまま録画して様子を見よう! 心霊現象ってさ、写りたがりが多いんだよね」
「……写りたがり……?」
「昔の心霊写真とか、なんであんなにカメラの前に出てくるのかって思わない?
あれ絶対、認知欲求高め系幽霊だよ。私は前からそう思ってた!」
ひよりの苦笑いを受けながら、私はWebカメラ──格安のサブスマホだけど、Wi-Fiで録画がクラウド保存される──をクローゼットに向けて設置した。
──0時まで、あと二時間ちょい。
「……ねえ、もし音がちゃんと録音されたら、そのときって……」
「うん。次は何がいるのかを調べるしかない」
「何って……わからないの……?」
「この手のやつって、だいたいわからないままヤバいのが怖いんだよね~」
返事をしながら盛り塩の位置を微調整してたら、ひよりが小さく言った。
「……みこと、よかったら……今日は一緒に寝てくれない? 一人だと、怖くて……」
「そっか。じゃあ一緒に寝よっか! ……あ、でもベッド狭くない?」
「大丈夫だと思うよ……みこと、小さいし……」
「むきーっ! どうせ150に届いてないよ!! あと5センチの壁が厚かったんだよ!!」
ちんちくりんの幼児体型で悪うございました……! ちくしょう、ひよりに比べたら誰だってスタイル見劣りするじゃん! 自覚してくれよ、ゆるふわ美人め!
「ごめんごめん」
ぷんすかと怒る私の反応にひよりが笑いながら謝ってくる。……あ、今日初めてひよりのちゃんとした笑顔見たかも。
うん、道化になった甲斐はあった……はず!でも納得いかん!
まあいいや。照明を落とし、私はひよりと並んでベッドに入る。
くそっ……狭くない。なぜだ。
部屋は静まり返り、外の街灯のオレンジがカーテン越しにぼんやり差し込んでる。
ひよりが私にぎゅっとしがみついてくる。頭一つ分大きいひよりにがっちりしがみつかれると、まるで動けない。
私は腕をなんとか動かして、スマホの時計を見つめていた。
──23時59分。
……5、4、3、2、1……
午前0時、ちょうど。
──カツン。
暗い部屋に、硬質な音がひとつ。
そこにいないはずのものが、静かに──でも確かに、存在を主張した。
「来た……! 今の音、完璧に録れてるはず……!」
私はがばっと身体を起こす。
──その瞬間、視線を感じた。
クローゼットじゃない。……カーテン。
ぴっちり閉まってるのに、見られてるとハッキリわかる。怒りの視線。
テレビの黒い画面に、一瞬だけ目のようなものが浮かんだ。
「……みこと……これ……! 見てないのに見られてる感じ……!!」
「わかる! この感じ、完全に心霊現象だよ! やば、中級問題で出題されるやつだよコレ!」
「……そういうテンションで言われると……よけい怖い……!」
泣きそうな顔のひより。私はその手をぎゅっと握り返した。
……ああ、ダメだ。
うれしすぎて顔がゆるむ。初・心霊遭遇、テンションが限界突破。
「大丈夫、今のはたぶん見てるだけ系。直接手出ししてくるタイプじゃない。今は、まだね」
「まだってなに!? そういう保留が一番こわいんだけど!?」
おかしい、安心させようと思ってるのにひよりはどんどん泣きそうになっていく。
そのとき、カーテンが──ふわっ、と揺れた。
「あれ、ひより、窓閉めてたよね?」
「ひっ!!」
私につられてカーテンを見るひよりが、縮こまりながら小さく悲鳴を上げた。
カーテンが揺れてできた隙間から、強烈な視線だけが流れ込んでくる。
「──そおいっ!!」
ひよりが離してくれないので、身を乗り出して、カーテンを開ける。枕元にあったリモコンを取って電気もつける!
──誰もいない。
ただ、夜風が木の葉を揺らしているだけ。
「ひより、すごいよ! これ、ホンモノだよ!!」
「喜ばないでよぉぉぉ!!!!」
完全に毛布に潜ってしまったひよりを見て、ようやく我に返った。
……うん、さすがにちょっとテンション上がりすぎた。
「ごめん。今日はここまでにしよう。電気、つけっぱなしにしとくからね」
ベッドに戻ると、ひよりが全身で私にしがみついてきた。
びっくりするほど強くて、びっくりするくらい震えてる。
ひよりの体温が、じんわり伝わってくる。
ごめん、ひより。
心霊現象に遭遇できた喜びばっかりで、怖いって気持ち、ちゃんとわかってなかった。
今日は……ひよりが安心できるように、そっとしとこう。
おやすみー、霊的な方々も静かに頼む!