-幕間- 「ダークレディvs地獄の猟犬」
-これはルシヴァたちが、砂クラーケンに乗車したその夜のお話-
砂クラーケンの背中に設営された宿泊施設。
いかに砂クラーケンが強大な魔獣とはいえ夜は眠る。
アピスを狙った追っ手、地獄の猟犬ことマドゥラはこの好機を逃さなかった。
闇に乗じて標的の喉笛を噛みちぎる。
それを可能にする魔力
"イカれた嗅覚"
匂いによって、進むべき道筋の吉凶を予測できる予知魔力。
「創造主さまのそばにいたフードの男から渡された、カーバンクルのガキの匂いが付いた道具。その匂いを辿って来てみれば、緊張感のカケラもなく寝てやがる」
音も無く乗客室の前まで忍び寄ったマドゥラ。
彼の視界には柔らかいベッドで安眠するアピスの姿があった。
グルルル……
喉を鳴らし、涎が止まない。
命令は組織に連れ戻す事。
だが、ヴィラン化し、魔獣の本能に支配されたマドゥラは最早そんな事を憶えてはいなかった。
あの柔肌を噛み千切り、血肉を喰らう。
最優先事項はそれ!渇いて渇いて仕方がない!
イカれた嗅覚にもこの先は吉とある。逃してたまるか!
「せいぜい可愛い声で泣き叫ぶんだな、お嬢ちゃん!」
マドゥラが叫び声を上げると共に、客室のノブを引きちぎる!
「は?」
その途端、彼の視界は真っ黒な暗闇に包まれていた。
「不届き者は誰かしら?一体どこのお馬鹿さん?ここに堕ちたと言う事は、あたくしの罠に引っ掛かったと言う事ですわね、おっと、闇の虜の貴方には何も伝わらないかしら?」
コロコロと笑うベルファゼート。
だが、今夜の彼女はいつもと違う。
ゴシックロリータな普段の格好から一変、シックな女性騎士と言った出立ちに、黒い鳳凰を模したマスカレイドを付けている。
「なんだ、何も見えねえし、聞こえねえ、誰だ!何しやがった!どこにいやがる!」
「見えないまま震えなさい、聞こえないまま眠りなさい、あたくしの名はレディダーク!暗黒卿ヴァルス様の妻ですわ!きゃ、言っちゃったあん」
「なんとか言えよコラァ!」暗闇の中で哀れにもがく地獄の猟犬。
「……言いましたわ。貴方が聞こえてないだけですのよ」
闇魔法 ダークワールド
条件を満たした相手を引き摺り込み、闇の支配下に置くことができる領域魔法。
中に入った者は五感を奪われ、次第に精神が衰弱してゆく。
「うーん、この魔法は強いけど、つまらないですわ!」
そう言うとレディダークは指を鳴らして魔法を解除してしまった。
「うおっ!急に見えた!なんだ、出れたのか?」
「出してあげたのですわ、あのまま始末してしまうのは、あまりに哀れですものね」
「なんだお前は……うおっ、この匂い!甘くて美味そうで、たまらねえじゃねえか!」
凄まじい速度でレディに飛び掛かるマドゥラ。彼の牙が彼女の喉笛に届いた。
思わずニヤけるマドゥラ。
だが、それは闇で造られた身代わり人形。
牙で貫かれて穴が空き、霧散する。
「残念ね、それはあたくしじゃありませんわ」
ワナワナ震えるマドゥラを尻目に、レディダークの次の魔法が展開する。
闇魔法 アクアダーク
レディの周囲の闇が、水のような形態変化を魅せる!以前ルシヴァを苦しめたダークウェイブもこの形態変化の応用だった。その闇の水はどんどんと水嵩を増してゆき……それを目の当たりにしたマドゥラは震える。
「むっ、無理だろ、この匂い、危なすぎるぜ!」
闇の水魔法の危険度を嗅ぎ取ったマドゥラは、尻尾を巻いて逃げ出した。
しかし、それを見逃すレディではない。
闇魔法 アクアダーク・タイダルウェイブ
標的を呑み込むべく突き進む黒い津波!
「待て、待ってくれ、嫌だ、来るな!来るなぁぁぁ!」
闇によって生み出された水の球体に閉じ込められたマドゥラ。「何も見えない、聞こえない、それは先程のダークワールドも同じ事。けれど、この魔法にはそこに溺れる苦しみが加わりますの!」
呼吸のできない苦しみと出られない絶望から、苦悶の表情を浮かべるマドゥラ。それでもなんとかならないかと、藁にも縋る気持ちで闇の海で足掻く。
「あら、どうかなさいました?ごめんなさい、よく聞こえませんわ?」
そろそろ限界が近いのだろう。マドゥラの動きが段々と遅くなって来た。
「うふふ、さてと、そろそろ本題に入りましょうか?」
ダークレディが手に持った扇子にヒビが入る。
闇魔法 ブラックホール 扇子を中心に展開された球体の空間。そこにあるモノは音を立てて潰れる。
扇子だったモノはもう小さく小さく凝縮されて、まったく別のナニカに変わってしまった。
「あなた、アピスを狙いましたわね?ルシヴァ様とあたくしの可愛いアピスを……絶対に許せませんわ」
かつてない程のブチ切れ顔を見せて、更に詠唱するダークレディ。
暗黒の波よ、たゆたう闇よ、悠久の刻に沈め、赤い月、三角のドア、燃えるキリン、渾沌の海。
大闇魔法 カオスアクアマリン
地獄の猟犬を飲み込んだ闇の球体は、ゆっくりと凝縮してゆく。マドゥラをその中に閉じ込めたまま。
小さく、小さく、小さく。まるで、さっきの扇子のように……
中にいるマドゥラは叫んでいた。声にならない声で。
それを見ながらダークレディは言った。
「あたくしの異名は暗黒令嬢。ルシヴァ様の前では出さないけど、悪いクセよね。そうやって絶望に突き落とされた表情が大好物ですの」
恍惚とした表情を浮かべるダークレディ。
獣の本能からか、地獄の猟犬は己の運命を悟り、残された力を放棄し、目を閉じた。
指を鳴らすダークレディ。
それを合図に闇の海は完全に収束し、そして誰もいなくなった。
ダークレディは踵を返し、付けていたマスカレイドをはずした。
「こういう輩が今後もアピスを狙って来るのかしらね?……うふふ、楽しみだわ。ぜ〜んぶ返り討ちにしてあげますわ」
ひたすらに邪悪に、蠱惑的なまで愛らしい笑顔で微笑むベルファゼート。
その視線の先には最愛の人と最愛の娘。
暗黒令嬢は満足そうに、夜の微睡に戻っていった。




