第一章「ルシヴァ・オルランド」
はじめまして、僕の名はルシヴァ・オルランド。
一応、出生は高位貴族。
我がオルランド家は、代々エルデリーグ国の南方領土であるオルランド地方を取り仕切ってきた一族で、経営に長けた母アーミア、有名デザイナーの姉マシェリカ、オルランド領の領主を預かる兄エヴァンスとその妻チェリッシュの四人が僕の家族だ。
その栄えあるオルランド家のはしくれである僕は、文章を書いて生計を立てる作家。
わりと自由な家風と優しく理解ある家族のお陰で、順風満帆な生活をさせてもらっている今日この頃。
普段僕は、オルランド領で知人の所有する一軒家を借りて飼い猫のニコと一緒に暮らしているのだが、今は仕事で王都に来ている。
実はとあるツテから王国の守り手である王国騎士団に招待され、この春に騎士団の入団試験を突破した新人騎士の初めての訓練を取材し、騎士団の広報となるような記事を執筆する事になった。
国防の要となる騎士団の新戦力がどれ程の実力か、期待と興奮に今から胸が高鳴っている。
……のだけど、騎士団の用意してくれた宿から訓練所に向かう途中、その道すがら……
「おい、お前さぁ、オレぇの話ぃ聞いてんの?」
なんだか、凄く怖い人に絡まれてしまった。
僕、一応貴族なんだけどなあ、そんなに威厳ないかなあ。
「すみません、僕急いでいて、あの、これから仕事なんです」
「はあ?仕事だぁ?って、んな事ぁどうでもいいんだよぉ」
ちっともどうでも良くないのだが、凄く怖い人はオーガのような腕で僕のシャツの襟首を掴んだ。
「なあ、お前よお、なあ、もう一度言うからよく聞けよぉ?」
「はい、よく聞きます」
「お前さっき、俺にぶつかって来たよな?な、絶対そうだよな、違うとか言うなよな?言ったらどうなるかわかるよな?」
「どうなるんでしょうか?」
僕の問いかけに、凄く怖い人はニンマリと笑顔を浮かべた。
「わひぃ」
怖い!何故かさっきまでより怖さが倍増している。
詐欺みたいだ。
「こうなるんだよぉ!」
そんな事を僕が考えていると、凄く怖い笑顔の人が右手てパンチを繰り出し、そいつが僕のドテッ腹に直撃した。
「うがっ」
攻撃したのは彼、されたのは僕。だが、悶絶したのは凄く怖い人である彼の方。
もう笑顔は消えている。
「ぐわぁぁ、痛、イタタタタアタタ」
どうやら僕の腹を殴った右手が相当痛むらしい。
ごめんなさい。
痛かったですよね。
かなり鍛えているから僕の腹筋、結構硬いんです。
「すみません。本当に急いでいて、失礼します」
未だ引かない右手の痛みに悶絶している彼に、僕は深々と失礼のない様にお辞儀をし、その場を立ち去った。
「うーん、今のは良くないなあ。自分が痛いのが嫌だからついついチカラを使っちゃったけど、相手の手の事を考えてなかったなぁ」
僕は立ち止まって、さっきの反省点を手製のメモ羊皮紙に書き込みまくる。
すると、王都名物である大鐘楼の鐘が鳴り始めてしまった。
「うわあ、まずい。このままじゃホントに遅刻だ」
僕は溜息をつき、同時に覚悟を決めた。
遅刻を免れる為に、今から僕はあるチカラを使う。
これは、オーラと呼ばれるチカラで、自身の生命力を原動力として、肉体の持つ能力の活性化や、色々な事に活用できる凄いチカラなんだ。
(実はさっきの怖い人のパンチを受けた時もこっそり使っていた……)
ともかく、僕は精神を統一し、全身に澱みなく流れているオーラを感じ取り、活性化させたい両足に集める。
ゆっくりと加速の為に必要なだけ溜まってゆくオーラ。
くっ、少しでも加減を誤るとヤバい。
このチカラを使う時には、決まってある色のオーラを発してしまうのだ。
その色はあまりにも禍々しい忌避すべき色。
仮にも貴族の僕があの色のオーラを発している事がバレたら、どんな噂が立つことかわからない。
なにより家の名に傷が付いて兄さんや家族のみんなに迷惑を掛けたりしたら申し訳ない。
……なるべくセーブすれば出ないはず……多分。
思案の途中、僕の脚からほんの少しオーラが迸った。
溜まった!これだけあれば充分。
てか、これ以上はオーラが噴き出してしまう。
「よし、訓練所まで一気に行くぞ!」
僕は少しづつ歩を進め、脚に溜めたオーラをゆっくりと開放する。
歩みは早駆けに変わり、そこから更に疾走へと変化。
オーラの制御は無事成功。
すでに通常の何倍もの速度で走れている。
このチカラのもたらす加速力は、遅刻寸前の僕にとってこれ以上ない助けになる。
ただ、踏み出す脚が大地を蹴る時、尋常ではない量の土煙がほとばしるのがもう一つのネックだ。
アホみたいな速度でアホほど土煙を巻き上げて駆け抜ける僕を、市民の皆様が見て、完全に引いてらっしゃる。
くっ、もうこうなったら、とにかく速く訓練所へ辿り着くしかない。
そして、目にも止まらぬ速さになった僕。
もうすぐ目的地である訓練所。「よし、見えてきた⁉︎」
すぐ目の前の訓練所。
だが、僕は盛大に通り過ぎ去る。
止まれなかった。
何故ならたったいまこの先で、誰かの助けを求める声が聞こえたから!