第十六章「魔動列車と思わぬ再会」
北の大地であるロックス領は寒い気候だったが、魔動列車の中は空調管理を魔動技術で制御している為、かなり快適だった。
「わあ、あったかいですねルシヴァ様、夏みたい」
僕は列車内の至る所に設置された石を指差した。
「この石のおかげだよベル」
「え?この石が?あっ、これってルシヴァ様の著書にあった魔石ですの?」
ベルは本当に僕の著書を愛読してくれてるんだなあ。
確かに昔、魔石製造の魔道技術に関する解説書を執筆した。
……あまり売れなかったけどね。
「そう、これが魔法を凝縮して創り出した結晶。通称魔石だね。」
「ふ〜ん、実際に見ると、想像と随分違ってましたね」
「実物は綺麗でしょ?」
「はい、でもルシヴァ様の解説も良かったですわ、あの文章を読んでるとまるで見た様な気持ちになれてワクワクが止まらな……んぐっ」
おっと、止めないとまた、いつぞやの様に夜通し批評するなんて奇行が始まるかもしれない。
僕はベルの口を手で覆って、座席に向かった。
第二車両の26番と25番が僕らの席番号だ。
まだ出来たばかりの魔動列車は、人気が非常に高く、どの車両も満席だ。
正直、ブリザリオ伯に手配していただいてなかったら確保は難しかっただろう。
「あとでお会いしたらお礼を言わないとね」
などと思案しつつ探していたら、ようやく席を見つけた。
「あ、ここだね。ん?あれは……」
「あら、お知り合いですの?」
僕らの席のすぐ隣に、顔馴染みの姿があった。
レイト・クシュリナーダ。
エルデリーグ王国騎士団の団長にして、王国最強の神聖騎士。
先日あった、国王陛下も観覧しにきやがった騎士団の模擬戦以来の再会だ。
向こうはまだ気が付いていない様なので、僕から声を掛ける。
「レイト、こんな所で会うなんて奇遇だね」
驚いた表情のレイトだったが、すぐに笑顔に変わった。
「やあ、ルシヴァじゃないか!探したぞ!お前がロックス領にいると陛下に聞いて、数日前に訪れたのだが、肝心の行き先に全く辿り着けなくてな!」
そうだった。
レイトの欠点の一つ、彼は超が着く程の方向音痴なのだ。
これがかなり厄介で、彼と待ち合わせして、その場所にいた試しがない。
しかも、せっかちだから、向こうから探しに出向いて、更に行方をくらますと言うポンコツぶり。
そんな人間が人探しって、無謀にも程があるよ。
「方向音痴の君が僕を探してた?何か緊急の用事でもあったのかい?」
「ああ。実は最近オルランド領で、ヴィランの活動が活発化している。その対応策として、オルランド領に部下を3名送ったのだが……現在、その消息が掴めないでいる有様でな」
拳を握るレイト。
この様子ではその3人は……。
「その3人を探しに騎士団長自ら動いたのかい?よく許可が出たね」
「いや、許可は取っていない。まあ、副団長に書き置きはしてきたから大丈夫だろう」
あっけらかんと、とんでもない事言ってる。
副団長のギャンボーさん……
心中お察しします。
「オルランド領は密林やサバンナがあり広いからな、ルシヴァの案内があれば安心だ!なにしろ昔、陛下と俺と3人で……」
「その話はやめてくれる?思い出したらゲロ吐いちゃいそうだ」
「ははは!相変わらずの陛下アレルギーか?」
豪快に笑うレイトだが、僕にとっては笑い事ではない。
幼かった頃の記憶、陛下の修行と称したあの残虐な所業の数々……
ああ、思い出すと心が数々暗黒で満ち溢れて……
「あの、ルシヴァさま?」
一人所在無さげに僕の後ろに控えていたベルが、殺意の衝動に飲まれそうになった僕を、現実に引き戻してくれた。
「ありがとうベル、危なく暗黒面に堕ちる所だった。というか、放って置いてごめんよ。レイト!紹介が遅れたね」
「きゃ!」僕はベルの腰に手を回し、改めてレイトに紹介する。
「こちらの淑女はベルファゼート・ロックス。僕の婚約者だ」
「いや〜ん、ルシヴァ様ったら、そんな急に、もー照れる〜婚約者だってぇ、うへへへへ」
まったく締まりのないゆるゆるの笑顔で照れてる僕の婚約者。
対するレイト。
「おお、彼女が件の暗黒令嬢か!実に可愛らしい方だな。おめでとうルシヴァ!こんな素敵な女性が君の伴侶になるなんて友として本当に嬉しい!」
レイトは立ち上がり、ベルの前で会釈する。
「こちらこそ御挨拶が遅れて申し訳ない。俺はレイト・クシュリナーダ。エルデリーグ王国騎士団の団長であり、ルシヴァとは長らく友として過ごして来た。この度は婚約本当におめでとう!心から祝福させていただきたい!」
おう、なんだか意外とマトモな事を言ってくれている。
「で?君はどれくらい強いんだ?是非手合わせ願いたいのだが!」
前言撤回、やっぱレイトだった。
「うふふ、あたしは強いですわよ?ルシヴァ様の足元にも及ばないけど、これでも黒の紋章の正当後継者なんですからね!えっへん!……まあ、レイさまも弱くはなさそうですけどね、ふふん!」
挑発すな、ベル!
「なんと!それはいいな!倒し甲斐がありそうだ!奥方と本気で戦っていいか?ルシヴァ!」
良いわけあるか!僕の嫁だっつーの!
流石に僕の怒りのオーラを察したのか、話題を変えるレイトと黙りこくるベル。
「いやあ、それにしてもルシヴァに会えて本当に良かった!実はもう諦めて、一人でオルランド領に行こうとこの列車に乗ったのだが……急がば回れとはこの事だな!ははは!」
「……まあ、合流できたのは何よりだね。取り敢えず現地では協力は惜しまないよ。たまには遊撃騎士としてキチンと仕事しないとね」
「ああ、感謝する。だが、先ずはオルランド城へ案内してくれるか?恐らく君達の目的地もそこだろう?」
チラッと僕らを見るレイト。
というか、その視線はベルの抱いているニュウのようだった。
「ん?良いけどレイトもうちの実家に来るの?」
「うむ、ルシヴァの奥方が抱いてらっしゃる魔猫を見てふと思いついたんだ!"ニコ"様の力をお借りしたらどうかとな!」
「え?ニコ?」
以前も少し触れたけど、ニコとは僕の飼っている魔猫の名前だ。
可愛いんだよね彼女。
灰色の体毛に、ブルーの瞳。生意気で気が向いた時しか遊んでくれない正に猫中の猫!
その正体は魔猫レーゼンという絶滅危惧種。
人語を解し、魔法を使うという規格外の魔獣だ。
「協力してくれるかなあ?あの子はきまぐれだからなあ」
「だから、ルシヴァも一緒に頼んで欲しい!そうすれば確率が少しでも上がるだろう?」
正直、僕が頼んでも1%が5%になるくらいだと思うけど……
「わかった。頼むだけ頼んでみるよ。でも期待しないでくれよ?」
「ああ、感謝する!」
両手で僕の右手を握るレイト。
「むう、ズルいですわレイさま!あたくしもルシヴァ様と手繋ぎたいですの!」
そう言って僕の空いてる左手を握るベル。
「ははは!これは失礼!奥方は本当にルシヴァが好きなんだな!」
もう好きにして……
そうため息をつく僕だった。