第十三章「黒夢」
わたしが暗黒騎士の鎧を纏い終えると、暗黒ヂカラの放出が止まった。
そして、わたしははじめて暗黒卿ヴァルスとして彼女に対面した。
「その甲冑、その剣、嘘、嘘よ、ルシヴァ様が、あたくしの大好きな……嘘……」
「試してみるか?わたしが本物か否か。きみのすべてを受け止めてやる」
一瞬言葉に詰まるベルファゼート。
だが、すぐに腕を前に伸ばす。
「全力で行きますよ、ルシヴァ様!」
「応!」
突き出した掌を握り締めるベルファゼート。
彼女が生み出した闇が虚空で凝縮され、一本の槍を形成した。
「これがあたくしの最強の闇魔法"神殺しの槍"。受け止めてくださいます?」
「わたしに二言はない」
その言葉に微笑むベルファゼート。
彼女の手が前方に突き出されたと同時に、槍がわたし目掛けて射出された。
凄まじい威力である事は一目瞭然。
そしてその射出速度もまた然りだ。
だが、そのどれもが、わたしの紋章の前では無意味だ。
わたしの瞳に宿る漆黒の紋章。
これは闇を超越した無の紋章であり、我が瞳に映るすべてが"剥奪"の対象となる。
奪える対象は物質はもちろん、概念にも及ぶ。
ただし、それなりの対価は必要となる為、連発はできないが……
ベルファゼートはこの槍の破壊力に絶対の自信があったはずだ。
しかし、槍はわたしに刺さる事はなく、瞬きする程度の一瞬で、わたしのこの手の内に握られている。
驚きを隠せないベルファゼートにその切先を向け、わたしは問いかける。
「これで信じたか?わたしが本物だという事を」
頷くベルファゼート。
「はい、こんな圧倒的な実力を魅せられたら、ぐうの音も出ませんわ。ああ、貴方こそ正真正銘の暗黒卿ヴァルス。あたくしの王子様」
目がハートマークになってこっちを凝視している。
少し怖い。
「ぐるるるあぁぁぁぁ!」
そんな二人のやり取りの最中、さっきまいた筈のピンクの巨大熊が姿を現した。
どうやら、わたし達を探し続けていたらしい。
「折角良いとこなのに、チャチャ入れないでくださいな!え?」
巨大熊にすぐ反応したのはベルファゼートだが、紋章の使い過ぎか、手を前に突き出すも、産闇はおろか、魔法すら発動できない。
わたしはすでに駆け出していたが、間に合わない。
間髪入れず、巨大熊が爪を振り下ろし、彼女の右目を切り裂いた。
「あうっ」
痛みに悶絶するベルファゼート。
それを見たわたしは、冷静でいられなかった。
暗黒剣技 "逢魔時"
暗黒剣ラグナの一閃で、熊の巨大な体躯が縦に別れ、お互い別の方向へと倒れて行った。
「ベル!」
うずくまるベル。
駆け寄って抱き抱える。
荒い息、震える身体。
「ヴァルス様、痛い、痛いぃ」
わたしは右手で彼女の負傷した右目に触れ、自身の紋章の力を解放した。
「何をなさるの……ヴァルス……様」
すべてを剥奪する能力。
それは、こうした使い方もできる。
ベルファゼートが負った目の傷。
それがゆっくりと消えてゆき、わたしの右目に傷が現れ始めた。
「ぐっ!」
なるほど、結構痛い、いや、かなり痛い。
ベルの右目の傷が完全に消失し、わたしに完全に奪われたその時、大量の血が右目から吹き出した。
「え?嘘。ヴァルス様?痛みが消えちゃいました。一体何をしたんですの?……その傷⁉︎まさかあたくしの傷を……」
「約束だからな、貴女にはすべて見せると」
わたしは兜を脱いで、彼女に左の瞳に刻まれた紋章を見せた。
「これが僕の紋章……名は……」
"黒夢"
「能力は、"この瞳に捉えた全てを剥奪"できる」
「その能力で奪ったんですの?あたくしの傷を?なんでそんな事したんですの⁉︎」
「キミは女の子だ。折角こんなに可愛いんだから、顔に傷なんてもっての外だろ?」
その点、僕は男だし、ちょっとくらいの傷なんざ気にならない。
「え?かわっ、え?」
真っ赤になるベル。
「ごめんベル、治癒魔法は使えるかい?紋章の使い過ぎで動けなさそうだ。止血だけでもやってもらえると嬉しいんだけど」
「は、はい。でも魔力が……あれ?回復して⁉︎」
実はさっき、ベルの傷と共に彼女の"疲労"も奪っていた。
知らない内に回復していた魔力に違和感を感じた様だが、僕の目を見てすべてを察し、慌てて治癒魔法をかけてくれたベル。
治癒闇魔法 月光
ゆっくりと傷が癒えて塞がっていく。
どうやらまぶたの裂傷で済んでいたらしく、傷跡は少し残るかもだけど、視力などに影響はないだろう。
「ルシヴァ、様」
「ん?何?」
「あの、その、えっと……ありがとうございます」
照れて真っ赤になった顔でお礼を言うベル。
そんな彼女を見ていたら、胸のどっかがあったかなモヤモヤに包まれている様な、言葉にするのが難しい気持ちで満たされてた。
「あの、ルシヴァ様!」
ん?
「あたくし、責任取ります!」
え?
なんの?
めっちゃ真剣なベルの突然の宣言。
「あたくしのせいでルシヴァ様を傷物にしちゃいました。ごめんなさい。謝っても許されない事だってわかっています」
傷って、この右目?
大丈夫だよ、もう痛みは引いたしバッチリ見えてる。
「だから、結婚してください!一生かけてルシヴァ様を幸せにしてみせますわ!」
逆じゃない?
それって僕が言う台詞じゃない?
あれ?
僕、お嫁さん?
「ぐむっ」
色々考えてパニックな僕。
そこにベルが急に抱きついてきた。
「あたくしじゃいやですか?」
危険な洞窟でさっきまで殺し合ってた美少女に求婚されて、抱きつかれて、上目遣いでこんなこと言われてる。
これはロマンティックなんだろうか?
いや、ベルがいいならそれでいいんだけど。
「ルシヴァ様、もう一度言いますよ!あたしと……んむ!?」
僕はベルからその台詞を奪ってこう言った。
「結婚しようベル。こんな僕でよかったら、ふたりでお互い支え合って行こう」
「う、あ、アーン、なるぅ、しあわせになりましよう、一緒にぃ、ルシヴァ様、大好きぃ、アーン」
泣いちゃった。
こうして僕とベルファゼートは結婚する事になりました。
そんな二人のはじめての共同作業は洞窟の脱出。
僕もベルファゼートも紋章の使い過ぎでクタクタで、外に辿り着いた頃には辺りは真っ暗。
僕達の門出をまばゆい月光が照らしてくれた。