第十章「魔獣の巣」
朝が来た。
……なんか、暗黒卿の姿で紋章について解説する夢を見ちゃったんだけど、寝てても勉強してたみたいで、イマイチ休んだ気がしない。
ロックス家の館に泊まり朝を迎えた僕は、昨日から釈然としない思いを抱えている。
「なんかもう結婚するのが決定事項みたいになってきてない?」
そもそもが王命なこの婚約。
僕の一存で覆りはしないのはわかってる。
でも、相手の方からお断りされれば話は別だと思っていた。
なのに、なんだかロックス伯も夫人も乗り気な気がする。
「うーん、僕も別に結婚が嫌なわけじゃ無いんだけどね。ただ、陛下の思惑通りってのが腑に落ちないだけで」
僕は召喚術を詠唱して、暗黒空間に仕舞ってある着替えを取り出す。
「そう言えばベルファゼートはあの後ゆっくり休めたかな?怒涛の勢いで喋り倒してたけど……」
着替えを済まして、昨日夕食をいただいた食堂へ向かう。
「ふあっ⁉」
そこには昨日の立ち位置のまま、未だに喋り倒してるベルファゼートがいた……
その惨状に居た堪れなくなった僕。
「御免!」
イッちゃった目と枯れた声で呪詛のようにつぶやくベルファゼートの後ろにまわり、首の後ろを手刀でトン。
「ふぐっ!」
気を失い、崩れ落ちそうになるベルファゼートを優しく抱き抱える。
やばい、彼女の異名である暗黒を垣間見た気がする……
でも、僕の著書を読んで、こんなに熱心になってくれるなんて……
「嬉しいな」
世間一般的に僕はほとんど無名に近い。
そんな僕の文章が誰かに刺さっていたという事が素直に感動だった。
「んうっ」
ベルファゼートの漏らした声にハッとなり、辺りを見回すと、柱の影でロックス伯、夫人、メイドのエンデラさん3人がこちらの動向を伺っていた。
「何してんです……」
僕の質問に対して、無言で頷きあう3人。
示し合わせたように一斉に散らばって行く。
あれがイイ歳こいた大人のやる事だろうか、僕はこめかみがピクピクするのを感じた。
「まったく、何考えてるんだか」
「……ルシヴァ様」
急に名前を呼ばれてびっくりした。
ベルファゼートが寝言を言ったらしい。
「大好き……です」
気がつくと僕は、腕の中の少女から目が離せなかった。
僕は彼女がわからない。
でも、わかりたいと思う。
この感情はなんだろう……
身支度を済ませた僕と、すやすやと寝息を立てているベルファゼートを隣に乗せ、ロックス家の所有する馬車が走り出した。対面にはブリザリオ伯が座っている。
「先程はすまなかったねルシヴァくん、ヌハハハ」
「笑って誤魔化そうとしても無駄ですから」僕の言葉に縮こまる変なおじさん。
「それより、これから向かう試練の洞窟の事を教えて頂きたいのですが」
話題が変わって救われた様な顔をするブリザリオ伯。
「うむ、あそこは別名魔獣の巣と呼ばれている」
「魔獣の巣?」
「試練の洞窟とは我らロックス家がそう呼んでいるだけで、近隣に住む民にとってはその呼び名が一番正しいのかもしれんね」
「巣と呼ばれるからには、中に相当数の魔獣が生息しているという事ですか?」
「むぅ、確かに数は多い。だが、そこにいる魔獣はどれも低レベルの個体ばかりでな。普段は、脅威にすらならない……」
「昨日も仰ってましたが、何か懸念する事がおありなのですね?」
「ああ、我らロックス家の紋章が暴走している可能性がある」
「紋章が暴走?」
「我が家の紋章は他の家とは違い少し特殊でな、少し臍曲がりな気質なのだよ」
神妙な面持ちのブリザリオ伯。
「聞いた事があります、ロックス家の"黒の大紋章"は暗く深い領域を支配していると」
「流石は作家をしているだけあり博識だ。その通り。黒の大紋章は魔獣の巣の奥深くにあり、その領域を支配している。そこまではいいのだが、近隣の村に住む民から魔獣が凶暴化し、その強さも通常とは段違いになっていると報告があった」
「そこに向かうと」
「うむ、我が領の民が不安を抱いている。見過ごす訳にはいかん!」
「なら僕と貴方だけで行きましょう。お嬢さんを危険な目に合わせる訳には……」
「そうもいかぬのだ。試練の洞窟は黒の大紋章の領域。試練に挑戦する者以外を拒む結界が張られている」
それで納得がいった。試練を急ぐ理由とベルファゼートを連れてきた意味。
「わかりました。ならばこのルシヴァ・オルランド、全身全霊を掛けてお嬢さんをお守りします」
ブリザリオ伯は頷き、僕の手を取って微笑みながら言った。
「ありがとう、倅」
気が早いっつーの……
そんなやり取りをしつつ、僕達は遂に魔獣の巣に到着した。