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傾城にて  作者: 百島圭子
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「きぬさん、やっと来てくださったんですね。」


先だって家を訪ねて来られたヨーステン様が笑い声を聞きつけたのか、いつの間にか近くに立っておられました。土人が箱に中身をしまい直して蔵に去るとヨーステン様は話を続けられました。


「大丈夫ですか?わからないことがあったら声を掛けてください。」

「はい、ありがとうございます。」

「おお、初めてあなたの声をはっきり聞くことができました。」

「・・・すみません、先日は何もお役に立てませんで。」

「いえ、そんなことはありません。お宅を見せていただけて興味深い経験ができました。私の国とは全く違いますから。」

「どんなところなんでしょう?ヨーステン様のお国は。」


きぬ様の瞳が輝いてヨーステン様を見上げていました。


「家に入るのに靴は脱がないですよ。」

「それでは家の中が泥だらけになって着物も汚れてしまいます。」

「はは、玄関で土は払うし、日本のように家の中で床に直接腰を下ろすことはありません。」

「えっ?ずっと立っていらっしゃるのですか?」

「ははは、いやいや、椅子に座りますよ。ははは・・・」


ヨーステン様は非常に楽し気に心から笑われました。興味津々だったきぬ様の顔は恥ずかしそうに下を向かれました。ヨーステン様は花を見るようにきぬ様をめでて言われました。


「あなたはなんて可愛い方なんだ。なぜこの前はあまり話してくださらなかったのですか?」


 子供ではない大人の女に可愛いと言うとはなんと不躾(ぶしつけ)な鬼なのかと思いました。鬼に不躾もありませんが、気に入られたら食べられてしまうかもしれないという恐れすら感じ、私は初めて見る鬼の生態に戸惑っておりました。


「為末の前でお客様の話に口を挟んだら叱られます。許されません。」

「私に話しをすることがですか?あり得ない。」

「この国では当たり前です。」

「はは、国の違いですな。非常に面白い。」

「面白い?・・ええ、面白うございます。」


 お二人はお互い微笑み合って目線を交わされました。国が違うことでお許しになられたのか、きぬ様は不躾な鬼に気分を害されることはありませんでした。むしろ楽し気なきぬ様を見るのは久しぶりというより、こんなに楽しそうなお姿は初めてでした。


その後も土人が箱を運んできて中身を書き付けるきぬ様のそばにヨーステン様は立ち続けられ、積荷の説明をしたり、日本までの船の長旅の苦労など話されたりしていました。だんだんと日が落ちかけ、ヨーステン様がおっしゃいました。


「今日はこれくらいで大丈夫です。まだまだ積荷がありますから、明日も是非来てください。」

「はい、あの・・・為末がそう申しましたら伺います。」


きぬ様の声が固くなったせいか、ヨーステン様は優しく返答なさいました。


「私から頼んでおきますから大丈夫です。絶対にいらしてください。約束ですよ。」

「あ、はい。」


ヨーステン様は決意したような何か頑なな思いを持ったように商館に戻って行かれました。きぬ様はヨーステン様の背の高い大きな後ろ姿に暫くお辞儀をなさっていました。


「さあ、帰りましょう。硯をしまって。お前も疲れたでしょう。」

「はい、大丈夫です。面白かったです。」

「面白い?はは、本当ね、フウの言うとおりだわ。」


きぬ様の顔は今までとはどこか少し違ったように生き生きとした美しさがありました。海に落ちかけの夕陽のようでしょうか。朝日のほうがよかったと今は思います。


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