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傾城にて  作者: 百島圭子
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「フウ、これから港にお手伝いに参ります。あなたも一緒に来てください。吉右衛門様からフウと一緒にいるようにと言われているの。いいわね。」

「はい。」


 私は自分まで鬼ノ島に連れて行かれるとは思っておりませんでした。でもきぬ様をお守りする機会が与えられたことが少し誇らしく嬉しくもありました。


(すずり)を用意して持って行って頂戴。」


 私は包を抱えてきぬ様のお供で港に向かいました。きぬ様と一緒に歩く道はいつも楽しく嬉しく足が道を捉えずに軽くなります。


「今日も暑いわね。」

「はい。」

「あら、ノヒメユリが咲いている。綺麗ねぇ。」

「これですか?」

「そうよ、この黄色い花。もっと赤い花もあるのよ。」


 私にはノヒメユリよりもノヒメユリを見るきぬ様の横顔のほうが美しく見えました。


「羽蝶蘭も咲いているわ。」

「どれですか?」

「その紫の花よ。フウの足元にあるでしょ。踏まないように気を付けて。」

「はい、これ?」

「そうよ。暑いのに涼しそうね。」


 のんびり花をめでていらっしゃるので、

「きぬ様、港に向かわなくてよろしいですか?」

と気になって聞いてみました。


「あらいけない、そうね、急がなきゃ。ありがとう、フウは本当にしっかりしているから安心だわ。」


 私の肩に手を置いて百合の花が微笑みかけてくださいました。


 港には大きな阿蘭陀船が横付けされていて、船から積荷が降ろされたり、蔵に運ばれたり、大勢の人が意味の分からない言葉や怒鳴り声を交わしています。ここが鬼ノ島です。降ろされた積荷一つ一つに日本の役人が張り付いて何か手元の紙に書きとっています。その人だかりの中に旦那様がいらっしゃいました。


「吉右衛門様、参りましたが何をしたらよろしいでしょうか。」

「ああ、きぬ、じゃあこの箱の中身をすべてここに書き出してくれ。名称だけでなく数もだ。わからなければ積荷を持ってきた奴に聞け。」


 そう言うと旦那様は商館の中に消えていきました。


「フウ、硯を用意しておいて頂戴。さあ、始めましょう。」


 きぬ様はきっとこんなところにおられるのはお辛いだろうと勝手に思っておりましたが、家の中にいるよりもっと新しい力が湧いて出てこられているような、そんな元気なご様子に見えて私の想像と違っておりました。


きぬ様は次々に積荷を開けて筆を走らせました。ひとつ箱を開けると中から丁寧に何重にも紙でくるまれた陶器が出てきました。透明で陶器の向こう側が見えます。底には銀細工がついていて、側面には金で模様が書かれてあります。


きぬ様は慎重に手に取り、

「花器ね。硝子だわ。とても綺麗ね。」

と、いろんな角度から眺めておられました。


そしてまた気を付けて箱に返すと、積荷を運んできた黒坊より色の薄い土人(どじん)に、

「花器ね。花を生ける器でしょ。」

と、地面から花が咲いている様子を身振り手振りで表現されました。


すると土人が大きく首を横に振り、きぬ様のされた手振りを真似て違うと言います。


「あら、花器ではないのかしら。」


きぬ様が困った顔をされると土人が急にふらつく足取りになりました。私は具合でも悪くなったのかと驚きましたが、土人はまた正気に戻って何かを飲む振りを始めました。何かを注いで飲んでいる真似をしています。


「・・・ああ、わかった!徳利ね。徳利だわ。お酒をいれるのね。」


きぬ様はそう言って、また箱から透き通った陶器を取り出し、お酒を注ぐような動作をなさいました。土人は満面の笑みで大きく頷き陶器を指差しました。


「酔っている様子を真似たのね。ははは、とっても上手だった。」

と、きぬ様も陶器からお酒を注いで飲み、酔っている振りをなさいました。


こんなにおどけた仕草をされるきぬ様を初めて見ました。土人は酔った振りをするきぬ様を見て真剣な顔が一度にほころび、噴き出して大笑いし始めました。きぬ様も堪えられず一緒に笑い始めました。しまいには私も巻き込まれて三人で笑い転げてしまいました。言葉は通じておりませんでしたが、きっと心が通じたのでしょう。土人も日本人と同じようだと思いました。


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