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傾城にて  作者: 百島圭子
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「フウ、芋を持ってきな。」


 カツの言いつける声が聞こえて私は瞬時に鬼の港から台所に移りました。芋を取りに勝手口から出ると、途端、戸口の脇に黒坊が立っているのに気づきました。


あまりの恐怖に縮こまったまま芋に向かって突進し一度に掴めるだけ芋を掴むと出てきた勝手口からまた家に飛び入りました。その間ひと息もしませんでした。黒坊(くろぼう)を間近で見たのは初めてです。肌が炭のように黒く光っております。何もかも黒い。


黒坊の頬にはただれたような線が黒く走っておりました。何かの傷の痕のようですが、切れた痕だろうか何だろうか、動転した私は兎に角鬼とは違う恐ろしさに怯えておりました。私の震える手はカツに芋を渡し、

「黒坊が・・そこに、そこにいる・・」

と何とか言いました。


「え?外にかい?」


私は黙って頷きました。するとカツはやにわに勝手口を開けて、

「わぁっ、何だい、あんたこんなところで何してるんだい?」

と声を掛けましたが返答はないようでした。


カツは戻ってくると、

「きっと旦那様のお客が連れてきたんだよ。南蛮人や紅毛人はよく黒坊を連れて歩いているだろう。」と教えてくれました。


「うん。」


私も落ち着いて考えればそうかと思いました。カツは昨日棒手振(ぼうてふ)りから買った魚の残りを黒坊にくれてやると言って、また勝手口を出て行きました。


「小僧みたいなものだろう。腹がすいているに決まっている。」


カツはいいことをしたように誇らしげにしておりました。嫁いで寛大になったのか、私はカツの勇気に感服しました。カツにも優しく勇敢な一面があるものです。人は一通りではありません。


「フウ、客人の履物を出しなさい。」


今度は旦那様の声がして私は急いで玄関口に回り履物を用意しました。それは大きく重たい袋のようで紐が刺されてありました。


「今日はありがとうございました。」

「いや、何も大したことは・・また明日、商館で。」

「ああ、奥方には一日も早く来ていただくようにお願いするよ。」

「わかった、君がそう言うのなら。考えるよ。」

「きぬさん、お待ちしています。仕事が山のようになっているんでね。」


ヨーステン様はきぬ様を目で射るように見つめられましたが、きぬ様は俯いたまま返事をなさらず微笑まれておりました。私は滝三の息を思い出し身震いしました。獣の息がかかった芍薬はみるみるうちに枯れてしまうでしょう。


 ヨーステン様が道に出ると家の脇から黒坊が出てきて後を着いて歩いていきます。カツのいうとおりでした。兎に角、身元の分からない黒坊がうろついていたのではなかったので良かったと安心しました。


 それからはきぬ様がいつ港に行かれるのかとそのことばかりを心配しました。女があんな所にいることは、特にきぬ様のような方が港にいることは考えられません。流石に旦那様も鬼ノ島にきぬ様を流すことはなかろうと高をくくっておりましたが、その晩から私は鬼に食われる夢をみるようになりました。


 そして数日経ったある日、私はきぬ様に呼ばれました。


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