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傾城にて  作者: 百島圭子
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暑さが続いてカツの文句を始終聞かされていたある日、旦那様が紅毛人を家に連れてらっしゃいました。その頃にはもう南蛮人にも紅毛人にも慣れておりましたので、さほどの驚きはありませんでしたが、間近にするのはまだ少し恐ろしい気がしました。


「さあ、どうぞお入りください。」


旦那様が紅毛人に中に入るように勧めると赤鬼にしか見えない紅毛人は大きすぎて頭を傾げないと玄関に入りません。

「あっ、ヨーステンさん、すまんが靴をここで脱いでくれ。」

「ここに靴を置けばいいのか?」


 履物のまま家の中に上がろうとする紅毛人に旦那様が慌てておっしゃいました。鬼の世界に家の内と外の区別はないのです。


「私の妻を紹介しよう。きぬ、こっちへ。」


 きぬ様が鬼に驚かれないかと私はとても心配しました。玄関にきぬ様が現れると一遍に辺りが芳しく明るく光ります。百合の花が化身したようでした。きぬ様は全く驚かれた様子はなく優しく微笑まれました。反対に鬼がとても驚いたように目を見開いてきぬ様を凝視したので、私は取って食われはしないかと落ち着かなくなりました。


「商館員のヨーステン・コルベールと申します。」

「私の妻のきぬです。日本に来たばかりで日本のことを知りたいとおっしゃられるのでお連れした。日本の暮らしを見たいそうだ。」


 紅毛人は旦那様と家に入り、床の間や欄間、襖から庭まで家中を隈なく飽くことなく見て回られました。その間にカツが入れたお茶をきぬ様が座敷に運ばれました。


「どうですか?何か面白いことはありましたか?」と旦那様が尋ねました。

「ええ、それはもうすべてが新鮮です。この暑さはこたえますがね。」


 きぬ様がお茶を出して部屋を出ようとすると、

「どこに行かれるのですか?きぬさんも一緒に話しましょう。いろいろ聞きたいことがあります。」

と日本の慣習を知らないヨーステン様が引き止めました。旦那様は少し面食らったようなご様子でしたが、きぬ様に目配せして留まるようになさいました。


「この度の船荷の量でしたら銀に換算すると・・・」

「為末さん、日本の女性はどんな仕事をするのですか?家にいるだけですか?」


ヨーステン様は旦那様のお役目の話を遮って質問なさいました。


「田んぼや畑のある家ではないから、きぬは家におります。仕事というものは必要ありません。」

「きぬさん、家ではどんなことをされるのですか?」


旦那様がお答えになったのに、きぬ様に直接聞かれました。俯いておられたきぬ様は居心地悪そうに一旦旦那様に目をやられてから、

「・・父にもらった書物を繰り返し読んでおります。」

とまた俯かれたままお答えになりました。


「ふつう女は文字を読まないが、きぬは小さい時から学んでおりまして。」

「おお、それは素晴らしい。」

「ありがとうございます。」


 褒められたきぬ様の頬が芍薬(しゃくやく)の桃色になりました。


「それでは、荷解きの手伝いをお願いできそうですな。この度は過剰に積荷がありまして、日本語のわかる者も少ない。お手伝いいただければお奉行への申し伝えも早くなります。」

「いやいや、女が港で働くのはいけません。」


旦那様が即座に遮られます。


「どうしてですか?積荷の確認くらいどうということはありません。それより早く正確に終わらせたほうがお奉行も喜ばれるでしょう。」

「はあ、しかし、前例のないことですし。」

「簡単な作業を助けてもらえば為末さんはもっと他の細かい仕事に集中できるでしょう。」

「ええ、まあ・・・」


 きぬ様が港の男たちに紛れている姿を私は想像できませんでした。いろんな種類の鬼の雑踏の中に百合の花が一輪咲いているようなものです。旦那様はなぜもっと毅然とお断りにならないのかと思いましたが、私ももうお立場などについて察することのできる年になっておりました。


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