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傾城にて  作者: 百島圭子
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旦那様は数日家には帰られませんでした。戻られると私に運命の紐を見せられました。


「フウ、お前は大藤屋に行くことになった。私の書を持って大藤屋の女将のところに行きなさい。」

「・・・」

「伊蔵屋が来てきぬの物を整理し終えたら、お前も支度して出て行きなさい。」

「・・・」

「わかったのか。」

「・・はい。」


 私は自分の行く末よりもきぬ様がどうなられるのか、それだけが頭にありました。旦那様に聞きたい気持ちが喉をこじ開けようとしますが、その言葉が旦那様を怒らせることは承知しております。しかし言葉を堪えることはできませんでした。


「旦那様、きぬ様は・・・」


 きぬ様の名が空気に触れた瞬間に私の頬を旦那様の分厚い手が殴られました。耳から脳天に稲光のような音が響き、私は敷居に飛んでおりました。


「二度とその名をお前が口にするな!いいな!」


 旦那様の大きな足音は玄関に向かい、また出て行かれました。一人残された座敷にはまだ稲光が響いています。誰もいない家ではその音だけが頼りでした。私はまたすっかり独りぼっちになりました。


文字が読めることを呪ったのは初めてでした。捨て札が立てられ、松浦のお裁きによりきぬ様とヨーステン様の首が斬られることを文字が知らせました。


ヨーステン様が紅毛人の商館員だったからか、商館長が申し入れたのか、切られた首が晒されることはないようでした。それだけでも有難く思いました。


でもきぬ様は死んではならないのです。ヨーステン様にお心を差し出して、初めて本当に幸せを感じられていたのです。死んではなりません。私にはそのような心はありません。差し上げることのできる心はありません。毎日掃除をするばかりの私が生きていて、美しいきぬ様が死ぬのは道理にあいません。


旦那様が離縁なさったのですから、ヨーステン様とどこか遠くへ行かれればよいのです。誰に迷惑が掛かりましょう。何のばちが当たってこんな仕打ちを受けられるのか神様のすることは一切合点がいきません。


きぬ様とヨーステン様は死ぬために出会われたのでしょうか。これを運命と申すのでしょうか。運命を神様が作っているとしたなら、神様はひどいお方です。愛などというものを持つとこんな目にあわされるのでしょうか。


死罪を知った日から毎晩、晒されたきぬ様の首が出し抜けに目を見開き私に笑いかける夢を見るようになりました。それは恐ろしくも悲しく美しいお顔で、私は晒し首でさえきぬ様を恋しく思いました。きぬ様のお命が本当に絶たれるまで、願い通り私はその夢を見続けました。


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