【序章】嘲笑う空蝉
「お着替えはそこのクローゼットに。私は外に控えております」
世の中には似ている人が3人いる、と言うけれどただの都市伝説的なものくらいにしか思っていなかった。
単に興味がないというのもあったし、だいたい世の中をどんなスケールで見てんだよアンタ仮に本当だとしてもその3人を確定するにはどうするんですか全員に出会うんですか一体どんなミラクルですかー、っていうのがあたしの主張。
「ではこちらへどうぞ。ご案内致します」
「はあ……」
だったのはついさっきまで。こうも容易く覆されるとなんだか拍子抜けも一入だ。
例えば今あたしをエスコートしてくれているお世話係さんのような執事さんのようなこのお方。シャキッとした燕尾服の着こなしや貴族を思わせる優雅な言動には脱帽する。するんだけれど。
あたしを抱き枕よろしくぞんざい且つ不謹慎に扱った挙げ句あのドSトリッキーな彼にエロ魔神と罵られ吹っ飛ばされたアノ彼と似てる、というか全く同じに見えていたりする。
そもそも今までの出来事自体が嘘みたいに思えるが、残念ながら記憶力はいい方でハッキリと覚えている。もちろん顔も例外ではなく、最初部屋は薄暗く俯せに寝てたから見えていなかっただけで、今思えばあの至近距離からバッチリ見えていた。
「どうぞ」
少し長めの黒髪は所々ハネていたけれどサラサラしていて。明るい感じの声と、あの笑みは印象的だった。
対するお世話係さんは全てにおいてエロ魔神と正反対。前髪はワックスか何かで後ろの方へ流していて、すごくスタイリッシュだ。雰囲気も落ち着いている。丁寧な言葉使いと無駄な所作が一切ないのも流石と言うべきだと思う。
ただ、顔と声さえ似ていなければの話なのだが。
「わ……」
いちいち事あるごとに丁寧に頭を下げてくれるお世話係さんに恐縮しつつ、開けてくれた扉の中に入るとこれまた豪華というか煌びやかな部屋に通されて思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
開放感溢れる、一般庶民のあたしからしたらだだっ広い部屋のど真ん中には長方形のテーブル。よくお城にありそうな代物で、椅子は7脚。上座らしきポジションに1脚、残りはそれを取り囲むように3脚ずつ向かい合う形で配置されている。
入ってきた扉に面して縦にテーブルが置かれていて、上座はちょうど向かい合う形だった。
「紅様、どうぞ」
「ありがとう……ございます?」
テーブルの左側に3つ並んでいる椅子のうち、真ん中の席に通されるとお世話係さんが椅子を引いてくれたのでとりあえず座ってみる。
お礼ひとつ言うだけでも何故か疑問文になるあたりそろそろ調子もアタマも狂いだしたらしい。
「朝食は洋食になさいますか、和食になさいますか」
「(そんな事まで決められるの!?てかあたしこんな呑気に朝食頼んでていいの!?どどど、どうしよう……!!)」
「お決まりですか、紅様」
「あ。えぇ〜っと、お米……?」
「和食ですね。畏まりました」
慌てふためくあたしを急かすでもなく、絶妙なタイミングで主食を取り決めたお世話係さんはまたまた一礼して部屋を出て行ってしまった。
「はあ〜」
久々に訪れた静寂にやっと一息つく。起きたばかりにも関わらず既に疲労困憊、疑問も山のようにある。
早く次のアクションを起こさなきゃとは思う……ものの、残念ながら物事はそうスムーズには進まない。
更に言えば、エロ魔神と瓜2つのお世話係さん、これだけでもややこしいが実はもう1人、あたしの中には思い当たる人がいた。