【序章】揺れる理
「ぅおわあっ!!」
恐らくあたしに抱きついていた彼がムリヤリ何かによって引きはがされキャッチボールのボールよろしくぶっ飛ばされたせいで、こっちにまで軽く衝撃がきた。
そして間髪入れずに爆音。鈍いそれは紛れもなく彼が壁か何かに激突した音で。
軽くなった体を起こして、改めて部屋を見渡すと意外と広い。
ぜっったい10畳以上あるよコレ、と思いつつそのまま左に視線を移すと、大きく開放的な窓の縁にさっきエロ魔神と呼ばれた彼がうずくまっていた。
カーテンの隙間からは薄暗い空が覗いている。
「盛ってんじゃねーよカス。立場弁えねーと燃えるゴミの日に簀巻きにして放り出すぞ」
カツ、と廊下に靴の音が響いた。
彼がいる窓辺の向かい側、あたしから向かって右側に視線を向けると、いつの間にか部屋の扉が開いている。
そこにはトリッキーな言葉攻めからは想像もできない、学生服を着た男の子が眉間に皺を寄せて立っていた。
「ぐ……っ。わーった、って」
「(おっほほほほー。エロ魔神だった時の彼がウソみたいに静かだー……けどまぁ、アレだけ盛大にクラッシュされれば当たり前?)」
一瞬にして白熱したあたしはこっちを見た学生の彼とうっかり目を合わせてしまった。なんだか気まずい。
口を一文字に結んでジッと様子を窺ってくる学生の彼は年相応だ。身長を除けば。
「(てゆーか待って。じゃあさっきエロ魔神の彼に突進したのは?今思えば誰もぶつかってなかったし部屋にも入ってないし……ハッ!!まさかおば)」
「失礼します」
突拍子もなくペコリと一礼して入室してきた学生の彼は足早にあたしの目の前を通り過ぎる。
それを目で追うと、あれよあれよという間にへばった彼を担ぎ上げて、そしてまた足早にあたしの目の前を通り過ぎていった。
「あのー」
「寝てて下さい」
部屋の入り口で立ち止まった彼は、ぐいと首を巡らせて言った。その横には力なくうなだれているエロ魔神の後頭部が見える。
「まだ何か」
つい彼を凝視していたら怪訝そうな目つきで睨まれてしまった。
「いえ、なんでもないですけど、そのー」
もうこれ以上関わりたくなかったけれど脱出するためには仕方ない。
「まっ待って!!」
ほぼ出入り口から見えなくなりつつある学生の彼を気合いで呼び止めた。
「……なんすか」
「えぇーっとそのー」
「大人しくしてないと死にますよ多分」
思いがけない言葉に、瞬時にあたしの全身から血の気が引くのがわかった。
淡々と言う彼は無表情に近い。
「まだ5時過ぎです。とにかく今は寝ててください。また起こしに来ますから」
本来なら『寝て』と言われた時点で夢の中だ。けれどさすがに死ぬと言われた手前、そういうわけにもいかなかった。
「(死ぬってどーゆーこと)」