【1章】珍獣、再び
「(なんか印象が違う……?)」
そう思うくらい、なんだか初めて見る建物に見えるのは気のせいなのだろうか。
「こっちす」
とはいっても気絶した状態で運ばれて、そして全速力でこの景色を背に逃げ出したのだから、今初めてこれを見たと言ってもおかしくはない――はず。
「てかこんな橋っぽいのとか川っぽいのとか……あった?」
「あったす」
洋風の庭をモチーフにしたそれは、テレビでよく見るようなアレ。
虚しいというか、呆気に取られるというか、そういう事に関して疎いあたしは凄いの一言しか出ない。そもそも一般市民の住宅地に、それも豪雪地帯と名高いこの場所に、普通は造ろうとは思わないと思う。
季節も相俟って今は枯れ木やら雪やら正に冬のそれだけれど、シーズンがくれば薔薇とか芝生とかが生えてきたりするのかもしれない。
「……着きました」
淡々と進む霖の後ろにくっついて歩くこと十数分。
堂々と正面から、というあたしの予想をあっさりと裏切る形で、外壁際からコソコソと突入したブラックフォード家の敷地は広い。
何より煉瓦造の洋館は堂々としていて、それでいて一般市民としては非常に入りづらい雰囲気を醸し出している。
そんな様子を尻目に泥棒よろしくコソコソと裏口らしき所に立った霖はそっと扉を開けた。
「どぞ」
「お邪魔し」
まーす、は突如現れた巨大なソレによって虫の羽音級に小さい声になってしまった。
そう。すっかりさっぱり忘れていた、不安要素のペット?的なアノ珍獣様。
『なーがーめぇ〜あーそーんでっ!!』
相変わらずの巨大をいっぱいに使ってくりだす『遊び』のお誘いは、誰もが逃げ出すこと必須だ。
言わずもがな、この現象に二度目の遭遇を果たしたあたしでさえ、既に声にならない悲鳴を上げて臨戦態勢にあるのだから。
ただこの非常事態に、おーとか言いながら両ポケットに手をつっこんだ直立姿勢で延々とスリスリされている人が目の前にいるから世の中わからない。
というより図らずもここは彼の自宅なのだから、この現象に慣れていて且つ珍獣に懐かれていても全くおかしくはない。
否、一般的に見ればおかしいどころの騒ぎではないが、この世界ではそれがまかり通ってしまうんだからうん、なんかもうどうでもいい。
『ながめながめながめながめながめーっ』
こうしてあたしが冷静に考察する間も遊んで攻撃は続いている。確か名前はクアレだったか、とにかく巨大の一言に尽きる。
けれどさすがの霖も痺れを切らせたようで、ゆっくりとした動作でわんこを宥めた。
「クアレ、一応客の前だぞ?」
『んー?』
短髪のクセに艶のある黒髪をこれでもかというほどいじくり回していたクアレはハタと動きを止め、そして瞬間的にあたしを見つけた。
『あーっ!!』
まるで探し物を見つけたかのように一頻り叫び声を上げたクアレ。
『なんちゃって13代目が帰ってきたぁ!!』
「は?」
驚愕というよりは歓喜の叫びに近いそれを聞き反射的に霖へヘルプの眼差しを送ったものの、彼は軽く頭を振って髪の乱れを直しただけだった。
『なんちゃって13代目』という第一声に、なんとなく帰った方が良さそうな気がしてきたのは言うまでもない。