【1章】白水霖
「……」
どーゆーことっすか、と言わんばかりのオーラをぶつけてきている彼はコンビニを出てから一度もあたしを振り返っていない。
というのも今までのアドベンチャー感溢れる事態を話したからで。
「ホントに、その人は椿って言ったんですか」
そのせいかズンズンと進むその足取りはもはや走り出す勢いだ。
背中に背負ったスクールバッグも可哀相なくらいガシャガシャと揺れている。
そのスピードになんとかついていきつつ質問には肯定で返すと、彼は立ち止まって漸くあたしを見た。
「その人、ブラックフォードさんや俺のこと何か言ってなかったすか」
「んー……んん?」
と、ここまで言われてハタと気付いたことがひとつ。ブラックフォードさんと俺。――俺、って?
「(そういえば名前知らない。和風美人さんはハクって言ってたけど名前じゃなさそうだし)」
それを言うならあのコンビニの店長さんも別の呼び方で呼んでいたような気もする。
「(って今更名前聞くのもなあ)」
「姐さん?」
「(どーしよ。思い切ってハクって呼んでみようかな)」
「聞いてますー?」
「(あぁでもイキナリか。キレられても困るし)」
「ねーえさーん」
「……あたし?」
「さっきから呼んでたっす」
あたし的には電話か何かで『ねえさん』とやらと話してるのかと思っていた。
ちゃっかりそれに便乗して、どう彼から名前を聞き出すか考えていたのに。
「てゆうかネエサンて」
「そーゆー立場っす」
けれど逆にこれを利用しない手はない。
「あのねぇ、あたしはキミの名前を知らないの。急にねーさん言われても困るのよ」
さらっと聞いて、相手が答えて、問題解決。というシナリオを描いていたけれど。
「……」
答えがない。こんな肝心な時に。
加えていつの間にか彼の視線は遠くを捉えていて、その目つきは険しい。
「ちょっ」
「……ちょい早足で」
行きましょう、と言った時には既に数歩先を歩いていた。
もちろん彼が何に反応しているのかわかるわけもないのだが、あえて聞かないことにした。
「(もう着くじゃん……)」
その緩い傾斜の終わりには、見覚えのある外壁が林に紛れて見え隠れしている。
「あー今更っすけど、白水霖す。呼び方はテキトーで。よろしくねーさん」
抑揚のない声で呟く彼の、切れ長の瞳が一瞬ほんの少し細められた。これが彼なりの接し方なのだろう。
「ながめ……」
唐突な自己紹介に戸惑うあたしを余所にスクールバックを背負い直す姿はほんの少し頼もしく見えた。