【序章】妖狐と家主と洋菓子と
「紅姫組の御御足も老いたっつーことか」
「(おみあ……まぁいっか。てかあの人がブラックフォードさん?もしそうならこのおうちはあの人の?エロ魔神も同一人物?じゃあドSトリッキーな学生の彼は……まさか隠し子!?てか息子とか!!)」
「老いが必ずしも悪いとは限らねーよ……、」
ぐるぐると思考回路を巡らせていると、今まで大人しくおすわりしていたわんこが急に立ち上がった。耳をピンと立てていて、辺りの気配を伺っているようにも見える。
それにつられるように仮ブラックフォードさんも言葉を切り動きを止め、視線で真ん中の人を牽制しつつ首を少し後ろに動かした。
「テウメーッソス……」
僅かな静寂の後、呆然と立ち尽くし前を見据えていた真ん中の人は譫言のように呟いた。
横文字のせいで意味がわからないけど多分、何かがいる。
その間にわんこはいつの間にか立っていて、ゆっくりと威圧感を感じさせつつ玄関先へ向けて1歩ずつ歩を進めていた。
2歩、3歩と進み2人より少し前まで来たところで、クアレ、と仮ブラックフォードさんがそれを制した。
「狐直々に出向いて来たのか。ちょうどいい」
そう言った仮ブラックフォードさんは真ん中の人と同じく、前方へと向き直った。
相手からの返事はないものの、どうやら姿は見せているらしい。
「言っとくけど俺ん家で殺るな。持って帰ってから好きにしろ」
あたしの位置からは見えないけれど、わんこ曰わく玄関先には何かいるらしい。ガサガサと何かを引きずるような音がしている。
それまで立ち尽くしていた真ん中の人を促すように仮ブラックフォードさんが背中を押すと、渋々何かがいる方へ歩き出した。
「おい」
両手をポケットに入れ、見えなくなった来客へ口を開いた。振り向くことも返事をすることもしないその人に構わず、淡々と言葉を続ける。
「近々13代目を連れて邪魔する。ヤツに伝えとけ」
その言葉に、相手は鼻で笑った。
「やっぱいるじゃねーか……蘇芳紅」
「(!!)」
何であたしの名前……と考える前に、当たり前だ、と答える仮ブラックフォードさん。
図ったかのようにザザ、と音がしたかと思えば、それ以降辺りは静寂に包まれていた。
どうやらお客さん御一行は帰ったようだ。
やり取りの一切を盗み見た上、かなり関わり合いにならない方がいい感じの話を聞いてしまい、加えて銃刀法違反者と奇跡的サイズのわんこを目撃、このままだと本当に関わってしまいそうで怖い。
そして最大の問題は……
「よう。お前覗きが趣味なのか」
「な……!!」
いつの間に上に来たのか、エロ魔神改め家主のブラックフォードさんだと思われる人。
ハタと下を見れば、さっきまで臨戦態勢だったわんこは広いエントランスをいっぱいに使ってスヤスヤと夢の中だった。
「あ、ギリッギリ10代だもんなお前。なんか好奇心旺盛な子供みてぇ」
つかつかと歩み寄って来る家主に、もうムリ思考不可能、と判断したあたしは逃げるように元いた部屋へダッシュしていた。
「ちょ、お、おい!!」
呼び止められても何のその。あたしは勘に身を任せた。