【序章】お世話係の片鱗
「ナメてるのか……てめぇ」
「ナメてらっしゃるのはどちらでしょうか。僭越ながら今のお話を聞く限り、お客様方は下働きの方とお見受け致しますが」
神経を逆撫でされ、今にも怒りが爆発しそうな3人に対してお世話係さんは尚も続けた。
「悪いことは申しません。今のお客様ではご主人様を見つけることは出来ませんので。どうかお引き取りください」
吹き抜けとはいえ、あたしのいる2階まで聞こえるくらいハッキリキッパリ言い切ると、また深々と頭を下げた。
あたしからすればここまでするお世話係さんに感動だけど、相手からしてみればプライドを傷つけられたも同然で。
「ふっ……はははははっ!!」
突然笑い出したのは真ん中にいた1人。その後ろで残りの2人が顔を見合わせ頷いている。
「最近の使用人ってのぁー」
真ん中の人は、そこで言葉を切った。
──次の瞬間
「随分と口が達者なんだな!!」
動いた、そう思った時にはすでに真ん中の人のパンチが頭を下げたままだったお世話係さんの体にヒットしていた。
為す術もなかったお世話係さんは、お辞儀の時より体が曲がっていてその肩は相手の腕につくほど。両腕も力なく垂れている。
その体勢を崩さないままお世話係さんを見下した真ん中の人は、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「……てめぇっ!?」
けれどそれも束の間で、急に表情が一変した。
「な!?」
「どーしたんだオイ!!」
残りの2人が騒然とする中、
「だーから下っ端だって言ってんだよ。ばーか」
どこからともなく聞こえる声。
声の主はどこかと辺りを見回しても誰もいない。
「(……まさかお世話係さ、んのはずないよねー当たり前だよ何言ってるのあたし!!)」
それはそれで良しとしても、お世話係さんの声だけどお世話係さんの口調ではないそれのせいであたしの脳内のイメージは勝手にあのエロ魔神に変換されてしまうから困る。
必死に一昨日食べたコロコロコラーゲンプリンのことを考えながら脳内の自動変換を阻止していると、攻撃を受けた筈のお世話係さんが動いた。
そのせいで唖然としている真ん中の人をよそに、隙をついたお世話係さんはフラリと右にステップを踏むとそのまま後ろの2人目掛けて突っ込んでいった。
「よう」
「な……!!」
突発的な行動に後ろの2人は体が反応していない。否、出来ていない。
間髪入れずしなやかな弧を描いた踵は見事相手を捉え、悲鳴を上げる間もなく2人の内の1人はお世話係さんの回し蹴りで呆気なく床に倒れた。
そのアクロバティックな動きは正にプロ顔負け。
身悶える1人を尻目に、ターゲットにされた残りの1人が警戒心も露わに身構えた。
「てめぇ。ただの使用人っつーワケじゃあなさそうだな」
「気付くの遅ぇって」
「(ぉおおお世話係さぁあああああーん!?)」
こーゆー脳内の嘆きとかって超能力か何かで当人に伝えられないかしらもちろん匿名で、と偶に思う。
「(うんてか今気付いたんだけど、これってお世話係さんだよねこの喋ってるの!!どどど、どーゆー)」
「言葉使いとか礼儀作法とか、俺ちょー気ぃ遣ったんだぜ?」
「あ゛……!!」
そうこうしてる間に形勢逆転。
流れるような連続攻撃で、残りの1人も敢え無く回し蹴りの餌食になった。
ついでとばかりに倒れ込む相手の片腕を掴むと、遠心力を使い先ほど伸した1人に向かって投げ飛ばした。
「ふう」
玄関先には大の大人が2人、まるで使用済みの雑巾よろしく転がっている。
大掃除終了、とばかりにパンパンと手を払ったお世話係さん……に休息はなかった。
「背中がガラ空きだ」
今まで完全に無視されていた真ん中の人が、片腕を伸ばして構えている。
その手に握られていた黒く光沢を放つそれにあたしは一瞬で頭が冷えた。
「動くなよ」
玄関先を向き、必然的に真ん中の人やあたしのいる方に背中を向けていたお世話係さん。
こちらを向くことも適わないのに、まるで見えているかのような余裕ぶりで、大人しく言うことを聞いている。
それよりもあたしは真ん中の人がサラッと銃を出したことに頭がいっぱいで、この場にあるだけでこんなに怖いと感じるとは思わなかった。
真ん中の人との距離はあるにしても、銃は飛び道具だし相手は恐らくプロ。ここにずっといたらいつかは見つかるだろう。
それでもこんなに冷静でいられるのは、どこかであのお世話係さんを頼りにしてるから……かもしれない。
開け放たれた玄関から覗く透き通った青空が今は恨めしかった。
「アンタが一番話わかりそうだったんだけど、俺の見当違いか?」
「愚問だな。元からてめぇと俺達とは相容れない仲だろーが」
間延びした声で問われ、真ん中の人は鼻で笑いながら指で手中のそれを弾く。キチ、と無機質な音が装填を知らせた。