【序章】流れゆく調べ
嫌な予感は当たって欲しくない時ほどよく当たる。
まさか、あの道で偶然街灯の下を通った時に見えた誘拐犯の顔とお世話係さんの顔が一致するなんて。
「(参った参ったあっははー……ってそうなんだよーどーなってるんだよー!!)」
とにかく今あたしを案内してきてくれたお世話係さんと顔も雰囲気も言動も、声以外は一緒だ。
「(敵が味方で味方がエロ魔神かと思いきやお世話係さんと思わせといての実は敵?)」
ドッペルゲンガーがいない今がチャンスとばかりに、このなんとも形容し難い事態の収拾を試みる。
「(こんつらおんなし男しょばかホイホイ出らんてもきんなのきょうでロクに頭も回らんと、なんも状況変わからんて!!それこそひとおもいに出てくんれば)」
とはいうものの目下あたし自身が収拾のつかない状態にあるのだが。
「お待たせ致しました」
そんなあたしを余所に、カラカラと何かを押しながら部屋に戻って来たお世話係さんに内心ヒヤリとする。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
スッと目の前に置かれたお盆には、ご飯とお味噌汁、それに鮭や卵焼きなんかがのった立派な和食が湯気を立てている。
「何かございましたら、この呼び鈴でお呼びください」
「え、あ。は、はい……」
ちょい待ってまた独り!!とツッコめる隙もなく、お世話係さんは相変わらずの礼儀正しさで部屋を後にした。
「(また静かになったなあ〜。てか呼び鈴て。なんかもう本気でどっかのお金持ちのお嬢様になったみたいじゃん)」
どこかの資産家のお屋敷に拾われたのは確実だろう。そうでなければ辻褄が合わない。
「(せっかくだし朝食は頂くべきなんだろうけど。全く何の説明もないままってのもちょっと気が引けるな)」
所詮一時的なものだということは重々承知している、けれど何かおかしい。
「……イタダキマス」
とはいえ食欲には勝てないので早々に手をつけた。
「(このごはん、)」
美味しい。けれど当たり前だ。
どうして、と言いたいところだが今はまず、これからのことを考えるべきだろう。
「(てゆーか今何時……!!)」
そう思った途端、頭どころか全身から血の気が引く。あたしはすっかり忘れていた、今日が平日であることに。
「(待って待って待って学校は!?てか部活!!時計ってかケータイどこ!!そもそも荷物は!?学校のとか部活の道具とかみーんなひとまとめにしてあったのに……どこにあるんだろ)」
のんびりしているヒマはなさそうだ。
「ごちそうさま!!よーっし」
お箸を置いて、あたしはお盆の端にある呼び鈴に手を伸ばした。
華奢な造りのそれは手のひらに収まるくらいの大きさで、傷ひとつない銀色は鏡のようだ。
一度横に振ってみると、チリンと控え目な音を奏でた。
が、無反応。
「(ちょっと音が小さかったかなーというわけでもう1回トライ)」
今度はさっきよりもかなり大きな音だ。
それでも無反応。
「(あ、あっれーおっかしいなーもう1回)」
……
「(どーなってんのもう!!)」
痺れを切らせたあたしは直接交渉へ向かうべく、ズカズカと扉へ向かった。
「……にいるのはわかってるんだ。大人しく連れてきてもらおうか」
「ですからそのような方はいらっしゃらないと」
「るせぇぞ使用人風情が!!」
と、廊下へ出ようとすると何やら言い争いが聞こえる。その中にはあのお世話係さんの声もあった。