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異世界転移の先で  作者: ベーコンエッグ
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ヴラージ


 最後の一頭は群れを率いるだけあって、ヴラージを手こずらせた。突然の接敵で足場を選べないのもあったが、とにかくロギャ連中の動きが悪いんだと、小さく舌を打つ。


 登り坂の狭所を襲われ慌てふためき、ロギャ通商団のひとりが振り回した槍は、同じ団員の背中を斬り裂いた。剣を抜く間もなく殺された団員も二人、だがおかげで空間に余裕ができ、乱戦で足元の雪も散らされた。


 針葉樹林の隙間から襲ってきたのは、狼の胴体に猿の上半身が生えた猩狼(ガング)が六頭。機敏で賢く厄介な異形にヴラージを含む検道者七人は不意こそ突かれたものの、すぐさま立て直し連携をもって討ち倒していった。


 最後に残った大型の一頭を逃さぬよう素早く陣を組み、十七歳とこの中で最年少ながら一番腕の立つヴラージがその脳天を斜めに断ち割った時、十人いたロギャの団員はたったのひとりになっていた。



 「おいおい、どうすんだこりゃあ?こんなに殺られっちまって、このまま行くのかよ?」



 剣の血脂を拭い、荒々しく鞘に収めた検道者の隊長オグストが、ロギャの生き残りを見下ろしながら白い溜息を吐き出した。ヴラージもそう思わざるを得ない。他の連中も同じだろう。ヴラージ達七人の検道者は、ロギャ通商の護衛では無い。同道を頼まれただけなのである。 


 今いる山越えの険しい道は、大陸の北側四分の一を版図に収めるパヴァル国家連合と、その西端で国境を接するダグローヌ王国を繋ぐ、言わば裏道であった。

 パヴァルの南は長大なツェントーゲン大山脈が大陸を横断し、そのまま峻険な国境を為している。

 大陸の西側海岸線に面するダグローヌへは、通常なら海岸回りの比較的なだらかな街道を通るが、こういった厳しい道をわざわざ使う者達は、それだけで後ろ暗い事情があると知れるものだ。


 ヴラージも例外ではない。粗野な検道者の(なり)をしながら、その身は連合西部ネイツ公国に末席を置く男爵家の出自で、関所で提示が必要な身分証は間違いなく見咎められてしまう。だがヴラージには、どうしても今、国を出なければならない理由があった。


 去年、魔王軍が人族領に侵攻を開始してから検問はより厳しくなった。交易すら制限される中、南へ遊山に出る者などいないし、許されてもいない。ましてや吹けば飛ぶ様な貧窮貴族の三男と云えども、市民よりは格上なのであり、公的な理由なくして国を出る事など出来る情勢では無いのだ。

 

 広大な国土ゆえに数多い案件を差配、処理する検道者組合パヴァル支部は規模も大きく、ほぼ独立運営していると言っていい。その支部長は、管轄のパヴァルを守るという建前で、対魔王軍への参戦召集を突っぱねていた。


 それが故にヴラージ以外六人の検道者達も、理由は様々だが、必ず引っ掛かる関所を避け、且つ多くの魔獣が棲息する悪路を踏破出来る様に、臨時の徒党を組んでいたのだった。なんとか越境出来ないものかと毎夜考えていたヴラージは、検道者仲間から裏道の噂を聞き、山脈方面の仕事をこなすついでに登り口を探していたのだが、そこでばったり同じ目的の者達に出くわしたのだ。


 抜剣されたヴラージは声を上げ制止したが、斬り掛かれた為に止むなく、剣の腹で三人を昏倒させた。

 観念したその連中に聞けば、裏街道への行き方は、山の仕事に従事している地元の者なら暗黙的に知られていて、それなりに金を積めば素性を詮索されずに洩らしてくれるとの事だった。実行に向け下見に来たのだが、大枚叩いた同士だとしても、支部の意に反する自分達の顔を見られた危険は消さねばならず、ヴラージを害そうとしたのだ。

 そう言われれば当然かとも思ったヴラージは、頭を下げて同行を申し入れ、他より割増しの金を渡した上に会敵では先陣を切る事を約定として徒党へ加わった。ヴラージの実力を知った者達は反対などしなかった。


 パヴァル脱出の決行前夜、うらぶれた宿屋の一室で最後の打ち合わせをしていた時に、ロギャ通商の遣いが突然扉を叩いた。連合内で三指に入る大店(おおだな)であればその程度の情報入手は容易いとばかりに、ヴラージ達の弱みに付け込みつつ多額の報酬を用意し、団員十名の同道を強要してきたのだ。

 断れるはずもなかったが、しかし国を出るに金は多い方が良いに決まっている。自分達の身は守れるという話であるし、承諾せざるを得ない七人はロギャの十人と共に、その夜も明けきらぬ薄闇の中を山へとひた走った。


 そうして二日、三度目の戦闘でロギャはほぼ全滅し、ヴラージも冷たい溜息を吐く事となったのだった。

 膝をつき荒い息を繰り返す団員は、外套の深い頭巾で顔が見えない。手を貸してやるかとヴラージは近付こうとした。



 「────行きます……大丈夫、です…」



 流麗な声音とともに頭巾を跳ね上げ、そう答えた横顔から、きらきらと陽を反射する長い金髪が零れ出た。隊長のオグストを見上げたその顔は女神キルシュカを描いた絵画の如く美しく、雪より白い肌は頬が桃色に上気している。

 薄い唇は引き結ばれ、群青色の深く蒼い瞳の上で、細く鋭い眉が強い意志を懸命に表していた。



 「…ほう。名前、なんてんだ?嬢ちゃん」



 オグストの目が一瞬ぎらついたのを、ヴラージは見逃さなかった。



 「……シャルハ。子どもではありません」


 「ふん…なら、しっかりついて来いよ。ジラン、バーブ、嬢ちゃんの後ろにつけ」


 「あ、待って下さい!少し時間を頂けませんか?少しでいいんです」



 そう言うとシャルハと名乗った女は慌てて、事切れているロギャの仲間達の衣服から、手のひら程の巻いた封書を取り出していった。全員分、九本の巻物が集まると雪のない地面に置き、軽く右手をかざす。

 口の中でもごもごと何言かを呟くと、たちまち小さな火が燃え上がって巻物を灰にした。

 おお、と男達はどよめき、シャルハから二歩ほど遠ざかった。驚きに目を見張るオグストが口を開く。



 「嬢ちゃん、いや、シャルハつったか、魔術師(ルービアズ)なのか、お前?」


 「いえ、魔術士(ルービアン)、です。(アズ)ほどの術は使えません───あと、これを」



 シャルハが左手に持った小袋を、オグストに差し出す。巻物と一緒に仲間の服から抜き取ったのであろうそれを、ごつい掌にどちゃりと受け取ったオグストは、じろりとシャルハを睨めつけた。



 「こいつはロギャの金だろ。お前さんが持ってなくていいのかい」


 「こうなった時は検道者の方々へ渡すようにと、上から言われています。今、他の人のも集めますから」


 「もらったからって面倒は見ねえぞ。だがまぁ、気にはしてやる。まったく、いいように使いやがるぜ。おいお前ら、財布を集めろ。保存食も持てる分頂いてけ」



 ヴラージも手近な者から袋を抜いたが、あまり気分は良くなかった。それでも自分の懐へしまい込むと、あとに転がる遺体が気になって、シャルハの方を向く。するとオグストが声を上げた。



 「おい!悪ぃが死体はこのままにしていくぞ。夕暮れまでいくらもねえし、埋めようったって、雪に凍土じゃ無理だからな」


 「構いません。皆覚悟してます」



 シャルハがそう返すと、一行はようやく悪路の続きを登り始めた。シャルハは列の中ほどに据えられ、ヴラージは先頭だ。


 背中で隙なく気配を窺いながら、滅多な事は起こってほしくないな、とヴラージは思った。だが世界は甘くなく、こんな山中では人も獣もそう変わらなくなるんだとも、分かっていた。





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