淑恵 ③
大通りに比べ細い路地をしばらく進んで行くと、立ち並ぶ建物は四階建てから三階、二階へと徐々に小さくなり、街を囲う壁が視界の中で大きくなっていった。馬屋というのだから、やはり街の外へ出やすい所にあるのかなと考えていると、目的地に着いたらしく、ルナイが左側の店に近付いた。
両隣と同じ二階建ての店は、通りに面した一階は広く開放されているが、建物の裏側にいるのか、荷箱が積まれているだけで馬の姿は見えない。その軒先で何やら縄を巻いていた高校生くらいの若い男が、ルナイに気が付き、顔を上げて軽く手を振ってきた。
「よう、ルナイ。■■■■■?」
「いえ今日は■■■■■■■」
「へぇそうか。そっち■■■、誰だい?」
男に視線を送られ、思わず淑恵の息が詰まる。
「彼女はシュフェン。新しい仲間よ。一緒に暮らしてるの」
彼女はシュフェン。新しい仲間よ。一緒に暮らしてるの。
淑恵にも、はっきりと聞き取れた。
「そうかそうか!俺はレベース。よろしくな、シュフェン!」
「わたしは、名前は、シュフェン。よろしく」
「おう!■■■■■、■■■■!親方■■■■■、ハハハ」
「レベース、シュフェンはまだ、ザロッカ語が、上手く話せないの」
「なんだ、■■■■■■?確かに■■■見ない■■■■。わかった、ゆっくり、簡単にな」
ルナイは淑恵にも分かりやすく、簡単な単語を区切って話してくれる。レベースもそれにならい話す様になった。
薄暗い荷揚げ場に通され、レベースは淑恵とルナイから籠を受け取った。机に置き、中から蹄鉄を取り出すと、裏に表に、ためつすがめつ眺めている。太めの眉を時折しかめ、ふんふんと頷き、二人を見てにこりと笑った。
「親方に、渡してくる。相談、少し、待っててくれ」
そう言うと、少年は扉から奥へ入って行った。荷揚げ場に他に人はおらず、表を幾人かが通り過ぎるだけで、大通りの喧騒が遠くに感じる。
並んでいる大小の木箱以外に目を引く物もなく、興味が湧かないながらもちらちらと辺りを見回していると、レベースが奥から戻ってきた。
「ご苦労様。これ、モルザに渡してくれ」
そう言って、手にした包みを空の籠に入れた。
「それじゃあ、またね」
淑恵とルナイは軽く挨拶をし、馬屋をあとにする。来た道とは違う経路で街をすり抜け、一派の根城へ帰り着いた。
食堂で水を飲みひと息つくと、疲れと汗がどっと吹き出して、椅子にへたり込んでしまう。外を見て楽しむ余裕などなかったが、淑恵にとって思った以上に刺戟的ではあった。ファンタジー映画の中を、登場人物の自分が駆け抜けている様だった。
それにルナイの動き方から、自分が身を置いているこの組織は、本当に世の中から隠れているんだなと再認識出来た。今日の“お使い”にどんな意味があったのかは分からない。だが、自分が間違いのない危険の中にいるという事実は、怖くもあり、そして少し胸が高鳴った。
ここの役に立とう。立てる様になろう。脳裏に渦巻く想いや動機は様々でまとまりが付かないが、淑恵は改めて決意した。
それに、と思う。
新しい仲間よ。一緒に暮らしてるの。
ルナイのひと言が、淑恵の胸の内に暖かいものを灯す。
新しい仲間。新しい居場所。
よし、と自分へ頷き、次の仕事をこなす為に、勢いよく立ち上がった。