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異世界転移の先で  作者: ベーコンエッグ
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婦人


 雲が時折月を隠す夜、ラガンス帝国内の、何処かの湖畔に建つ館、その一室。妙齢の女が、腰掛けた瀟洒な椅子の肘掛けを指で小突きながら、思案げに口を開いた。



 「──無理ね。ペイラ義勇団の力を削ぐ事は出来ないわ。半年もすれば、ラグバーグの銀山をタリンドに掠め取られる。結局、金が議会に流れる」


 「では、マイオンズシャーの橋は如何しましょう。建設は延期か取り止めになさいますか」


 「あぁ…そっちもあったわね」



 ふぅと椅子に背を預け、瞼を閉じ、しかめた眉を右手で擦る主人を、ガドアンは磨き抜いた眼鏡の奥から、無事な左目でじっと見つめた。


 今話している案件は、ラガンス帝国南西、カーバン伯爵領ロデット地区での問題だ。現在カーバンを治めているタリンド卿は分かりやすい圧政を布き、それに対抗しているのがペイラ義勇団。

 元々は傭兵上がりの地元民が結成した、文字通り義に溢れる組織だったが、民からの尊敬と資金が集まるにつれ、増長し始めた。


 力任せに武力を全面投入せず、圧力を以てして誠意ある文官を支え、領一番の収入源である銀山の労働賃金や環境を改善させた事など、功績も大きい。


 がしかし、思い上がった義勇団は、いわゆる余計なお節介を広げていったのだ。

 マイオンズシャーの橋というのは、カーバンの隣領クイモスとの領境となっているドミカ河の、最短距離かつ最大難所の谷に橋を架け、行き来を円滑にする計画だ。

 そこに難癖を付けてきたのがペイラ義勇団であり、その言い分は、クイモス領の産地品が多く入る様になればカーバンの物が売れにくくなる事、工事は危険過ぎて多くの犠牲者が出る事という内容であった。


 ガドアンが指示を出すまでもなく集まってきた実際の状況を聞けば、要するにクイモスとの関係がより良いものになるのが、ペイラ義勇団は気に入らないのである。何故なら、平和でない方が自分達は活躍出来るから。

 全く頭が痛い稚拙な理屈で、一番困惑しているのは、勇猛なる正義の味方の義勇団に力説されている、マイオンズシャー周辺の住民と商人達である。


 だがその問題以上に、ガドアンの主人を、妖しく触れ難い程の美貌を曇らせたのは、ペイラ義勇団によるタリンド卿の暗殺計画だった。



 「私の読み違えだわ。あの()がこんなに突っ走るなんて思ってなかった」


 「悪い相乗効果が働いてしまったのでしょう。貴女が彼奴奴等(きゃつめら)に見せたかったのは、真逆の光明でした。ここまで土壌を整えて、少年の様な夢想に走るとは。幼稚に過ぎます」


 「義勇団に生強(なまじ)な知恵を与えてしまったのも問題ね。今後に活かすわ。それでだけど、ペイラには別の方向を向かせましょう」


 「と、仰いますと」



 ガドアンは先ほど、この際ペイラ義勇団を少しばかり弱体化させれば良いのではと、腹案を提示した。しかしただ単に、勢力図を変えてしまっては弊害が出る。

 故に練り上げたつもりだったが、安心と云うか残念と云うか、主人の思索には届かなかった様だ。



 「官と獣を使うのよ」 



 主人の言葉を遮らずに、ガドアンは待つ。



 「エグサンで処理に困ってた魔物いたでしょう、討伐しきれなかったやつ。あれをカーバンまで追い込んでもらいましょ。ペイラ義勇団が喜んで相手してる間に、橋の着工しちゃうのよ」



 エグサン領はクイモスの反対側たが、カーバンまでの間にアジェンス、ノクト、ロガイリンと、三つもの領が挟まっている。



 「なるほど、官を使うと云うのは…」


 「それぞれの領軍に根回しして、上手いことカーバンまで誘導してもらうの。先ずはエグサンで討伐報酬の吊り上げ、傭兵と検道者の増員。そこそこよ、倒されちゃったら意味ないから」



 女が優雅に長い脚を組むと、そこらの貴族では目にする事も出来ない、魔大陸産のドレスがふわりと揺れる。



「追い込み猟のロガイリン方面に穴を開けといて、エグサンから追い出す。ノクト、ロガイリンの領主は問題ないわね、臆病だから手を出さないわ。そこの二領はうちのを使って、一気にアジェンスまで誘導。問題は…」


 「アジェンスの狼殺し」


 「そうね、そいつね」



 アジェンスの狼殺しとは、無類の戦好きで有名な領主の長男の事である。帝国の召集あらば父を差し置き、自ら軍や傭兵を率いて何処へでも参戦する。勇猛で恐れ知らずだが、領民の評判はあまり良くない。



 「病に臥せってもらいましょう。えぇと、あの彼女…」


 「ポリア」


 「そうポリア。彼女にやらせて」


 「畏まりました」


 「そこまで魔物が近付いていれば、義勇団の目もそちらに向くでしょう。タリンド卿暗殺なんてやってる場合じゃなくなるし、自分達の武力も示せる最高の機会だもの」



 そこで女は冷たく瞼を伏せる。



 「そうね、戦士らが獣とやり合ってる間に、あの()……すこぉし痛い目みてもらいましょう。暗殺なんて、二度と図に乗らない様に……学ぶかどうかは、分からないけどね」



 ガドアンの、残る左目を見て呟いたわけではない。だが、衣服の裾という裾から冷たい指先が滑り込んで来た様で、ガドアンの全身が総毛立った。



 「やり方は任せるわ。殺しちゃ駄目よ。手間もお金も掛けたし、まだ役に立ってもらわないとね」


 「承知致しました」


 「じゃあ今日はもう下がっていいわよ。私は少し出てくるから」


 「畏まりました」



 一礼すると、ガドアンは主人の方を見ずに、そのまま扉へ向かった。 主人がテラスを開け放ったのであろう夜風が吹き込んだが、扉を閉め退室すると、それも遮断された。


 三階への階段を降りる前に、廊下の灯りが切れそうでないかを確認する。もうこの階には自分以外誰もいない事は分かっているが、主人が戻って来た時の為だ。


 ……あれで少々、諸々を失念されるというか、注意が散漫であられる時がある。公私ともにお仕えする自分が支えなければと、ガドアンは思う。



 女の存在を知る者は、世にほとんどいない。僅かに知る者達は女の事を夜、月、夜鳥、あるいは単に婦人、と呼ぶ。婦人は今夜も闇に、世界の裏に溶ける。




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