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異世界転移の先で  作者: ベーコンエッグ
1/17

フランシス


 何度か収まったかに思えた揺れが、うねりのような継続した小刻みになってきた時、うつ伏せで岩盤に挟まれているフランシス・デュボワは、いよいよ自身が冷静を保てなくなってきた事を自覚した。


 前人未踏の領域を求めて万全の準備を整え、ジャングル奥の洞窟へ潜り始めてたった2日目、大きな揺れで天井が崩落し、地面に叩き付けられる事になるとは。ベトナムで大きな地震はかなり少ないと聞いたのに、よりによって、今…


 落ちてきた岩塊で即死せずには済んだものの、上下に前後左右、逃げられる道は全て塞がれてしまった。身動き出来ず、ヘルメットに装着したライトは目の前の岩を照らすだけ。地響きがする度にじわり、じわり、ごり、ごり、と、背中を圧する岩が、三十代半ばにして精神も肉体も頑健に鍛えてきたその自負を、あっさりと押し潰しにかかってくる。


「ジョシュ!ジョーシュ!」


 崩落直後は応答のあった隊員の二人、自分の前を行っていたマルセルの声は、すぐに聞こえなくなった。後ろにいたはずのジョシュア、数十秒前までか細くだが返ってきていたその声も、途切れてしまった。

 地響きが徐々に大きくなる。圧迫される身体が上下から揺さぶられ、ふいにライトが消えた。岩に潰されたのではない。何か不具合が起きたのか。しかし、フランシスは妙に笑えてきた。

 今さらちっぽけな灯りが消えたところで、いやもし点いていたからってだ、ここから助かる事なんか、出来るものか。

 ああ、そうだ、俺は死ぬんだ、ここで。マルセルとジョシュのように。返事がない他の皆のように。


「──ぁぁあ、ああっ、神よ!神よぉぉお!」


 残された冷静の糸が切れた瞬間、岩盤がフランシスの身体を押し潰すその瞬間、フランシスはこの世界から消えた。



 フランシスの意識を戻したのは、焦げ臭いような生臭いような、なんとも言えない不快な臭いだった。


 目を開けようとして、顔が歪む。身体中が痛む。眉をしかめながら、自分が仰向けに寝ている事に気付く。うまく瞼が開かない。

 手の指に覚えるのは、湿った、草のような感触。

 ようやく目を開け、より強烈になった臭いにますます顔をしかめたが、視界へ入った一面の曇り空に、しばし呆然とした。

 

 ──自分は、いつの間に洞窟の外へ出たのだ?


 分厚い雲がどろどろと流れ、時折吹く風に混じった雨粒が、派手なオレンジ色のケイビングスーツを叩く。背中も腰もひどい打ち身にやられているようで、呻きながらなんとか上体を起こしたフランシスは、とにかく今の状況を確認しなければと思い──

 目にした光景に痛みも言葉も失った。

 

 なだらかな起伏の続く、見渡す限りの平原。

 びゅうと強い風が吹いて不快な臭いを運んでくるが、それはフランシスの目の前に仰向けで横たわる、中世ヨーロッパ風の甲冑を着けた死体からである事は明らかだった。

 なぜ死体と分かったのか、それは一目瞭然に首が無いからだ。

 そして、辺りに充満する臭いがこの一体のみで発せられるはずもなく、視線を巡らす左右一面が千に届こうかという死体で埋め尽くされていた。

 

 首のあるもの、無いもの。腕の無いもの、内蔵をぶち撒けたもの。あちこちに剣、槍、矢が散乱し、地面に死体にと突き立てられたままの無数の影は、悪い夢か地獄のようにしか思えない。

 半開きの口のままフランシスは呆然と眺めていたが、累々とした死体の中に、焦げ茶色の毛皮を着た者達が混ざっているのに気が付いた。

 違和感を感じ、前のめりになって手近な者をよく見てみると、手足の先から首や顔まで硬そうな毛に覆われている。毛皮を着ているのではない、これは体毛だ。

 分からないが、これは人ではない、何らかの暴力的な種族なのではと思い浮かべ、不意に背筋が冷えた。同じ格好の死体を見比べると、体格は様々だが毛の者達は皆、露出の多い簡素な鎧を身に着けている。


 …ここは、戦場なのか…?

 自分と同じような人間と、毛むくじゃらの、不気味な者達の……


 背後でぐちゃりと濡れた草地を踏む音が聞こえ、反射的に振り返ったせいで背中や腰が悲鳴を上げたが、自分に影を落とす者を目の当たりにしたフランシスには届いていなかった。

 そこには自分を見下ろす、大きな毛むくじゃらがいた。

 顔中に生えた毛の中に黄色く濁った目をフランシスが知覚した瞬間、毛むくじゃらは右手に持った何かを振りかぶり、フランシスの首に叩き付けた。

 痛みを覚える間もなくフランシスの首から上は飛んでいき、草地にくずおれた身体を血と雨が浸した。そうして一面の死体のひとつとなり、フランシスは死んだ。

 強くなった雨足が平原の全てを濡らし、戦場で生き残った毛むくじゃら達も何処へか去っていった。フランシスがこの世界にいた事を覚えている者も、気にする者もいなかった。




 この日、次元の揺らぎで地球世界から異世界へ転移させられた者、8275人。

 転移した場所が空中、水中、地中、岩の中、建物の壁、魔獣の巣、戦場等、即死した者8051人。

 数分から数時間で死亡した者107人。

 一ヶ月以内に死亡した者68人。



 一年後も生きている者、4人。



 異世界の洗礼は、まだ続く。








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