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六話 我ながらろくな回想じゃない



 数日後。休日のとあるショッピングモール。

 そのショッピングモールの正面入り口そばにて、俺は次々に出入りしていく人々をぼんやりと眺めながら、なにをするでもなく一人で突っ立っていた。

 別に他の客のように買い物や娯楽目的でここに来たわけでない。ここで待つように言われたので、渋々ながらこうして来てやったのだ。

 とどのつまり、世間一般で言うところの待ち合わせというやつだ。

「こんなに胸が躍らない待ち合わせも他にないよなー」

 というか、ぶっちゃけると面倒くさい。

 なんで貴重な休日を潰してまで、朝からこんなところにいなきゃならんのだ。いや、ショッピングモール自体に罪はないのだが、特に大した目的もなく他人と一緒に回らないといけないという事実がなによりも俺を憂鬱とさせる。

 しかもその待ち合わせの相手というのが、光守麗華率いる恋愛研究部の面々だというのだから、憂鬱を通り越して胃潰瘍になりそうだった。考えただけで胃に穴が空きそうとか、マジ害悪でしかないよな、あの恋愛脳ギャル。

 それくらい毛ほども会いたいとは思わない相手ではあるのだが、そんな奴らとどうして待ち合わせなんてする羽目になってしまったのかというと、話は数日前──つまるところ光守たちと初接触した日まで遡る。




「あんた、今度の土曜日って予定とかあるの?」

 なし崩し的に光守たちと勝負をすることが決まり、うんざりとしながらも読みかけだったラノベに再び手をかけようとしていた時だった。

 てっきりもうこれで話は終わりだろうと思い込んでいた俺は、ふと投じてきた光守の質問に「ああん?」と眉間を寄せた。

「なんでお前に俺の予定を話さなきゃいけないんだ。無駄な質問をするな」

「あんたこそ勝手に無駄って決めつけないでよ。ほら、さっさと答えなさいよ。このやり取りの方がよっぽど無駄だってことがわからないの?」

「……その日は積んでいる本とかゲームを消化すると決めている。だから一切暇なんかじゃない」

「わかった。暇ってことね」

「聞けよ、人の話を」

 予定があるって言っているだろうが。

 やれやれ、これだからアウトドア派は嫌なのだ。読書やゲームを勝手に暇潰しでしかないと思い込みやがって。

「だったらあんた、今度ウチたちに付き合いなさいよ。この近くにショッピングモールがあるでしょ? あそこで落ち合いましょう」

「え? なになに? もしかしてデートの話?」

 と、部室のドアを開けて職員室に戻ろうとしていた佐伯先生が、興味津々と言わんばかりに瞳を輝かせてあっさり引き返してきた。

「よかったじゃない、影山。あんたが女の子とデートする日が来るなんて思ってもみなかったわ。しかも両手に花どころか美少女が三人よ? 普通の男子だったら最高に盛り上がっているところね。主に股間が」

「だから女子もいる前で堂々とセクハラ発言はやめてくださいよ」

 困るんだよ、俺が。特に水連寺みたいに顔を真っ赤にされながらこっちを見られるのは。俺まで変態扱いされたらどうしてくれる。

「ち、違うから! ウチ、デートなんて一言も口にしてないから!」

「えー? つまんなーい。もういっそデートしちゃえばいいのにー。それでカラオケとかゲームセンターに行って、最後はだれもいない茂みの中で合体して子供でも作っちゃえばいいのよ。それで若い時からさんざん苦労を経験して、後々思い知ればいいんだわ。結局は独り身が最強だってことをね!」

「ただの僻みじゃないですか」

 涙目で言うくらいなら、婚活でも始めればいいのに。まだ二十ピー(自主規制)なんだし、遅いなんてことはないと思うのだが。

「とにかく、デートじゃないから! 少しでもこいつのことを知るために、仕方なく誘っているだけ!」

「はあ? んなもん、プロフィールでも書けばいいだけの話だろうが。なんでお前らといちいち会わなきゃいけないんだ」

「ウチだって別にあんたなんかと会いたくないわよ。でもそんな紙切れ一枚だけじゃわからないこともあるでしょ。実際あんたと外を出歩いてみて、なにが好きでなにが嫌いなのかとか色々把握しておきたいの。でないと作戦のひとつも立てられないし」

「あの、麗華ちゃん──」

 と、そこで水連寺が言いづらそうに目線を迷わせながら声を発した。

「こうして部室で会って話すだけじゃダメなのかな? 私、よく知らない男の子とどこかに遊びに行くのは、まだちょっと……」

「気持ちはわかるけど、できるだけここを出入りしているところをだれかに見られたくないの。今日の昼休みにこいつとちょっと色々あったせいもあって、友達にこの件を知られると困るのよ。きっと問い詰められると思うから」

「そ、そっか。じゃあ仕方ないね……」

「本当にごめんね、萌。でも大丈夫。ウチや鳴もいるし。ね、鳴。鳴も一緒に来てくれるでしょ?」

「自分、あのショッピングモールにあるドーナツ屋さんが好きなんスよー」

「う、うん。ドーナツね。今度の土曜日に買ってあげるわ……」

「予定、空けとくっス!」

 ビシッと元気よく敬礼する大空。

 意外と腹黒いな、お前……。

「それに萌。これは良い練習にもなると思うのよ。こいつだと練習台としては不足というか不満な部分が多いけれど、踏み台くらいにはなると思うし!」

 踏むなよ、人を。

「わ、わかった。私、ちょっとだけ頑張ってみる……」

「そうこなくっちゃ! じゃあ土曜日の朝九時に、ショッピングモールの正面入り口で集合ってことで! 陰険童貞も必ず来なさいよ!」

 陰険童貞とはだれのことなのか──なんて訊くまでもないだろう。ていうか命令口調やめろ。地味に腹が立つ。

 それはさておき、一体どうしたものか。せっかくの休日をくだらないことで消費されるなんて冗談ではない。わざわざ自分からストレスを溜めに行くようなものだ。

 よし、こうなったらサボろう。よく考えたら、バカ正直にこいつたちと付き合う義理なんてないんだし。むしろことごとくこいつの要求を断った方がこっちの有利まである。

「あ、影山のその顔、絶対サボってやろうとか考えているでしょ? ダメよ、ちゃんと付き合ってあげなきゃ。金髪ちゃんたちが可哀想じゃない」

 ちっ。勘付かれてしまったか。昔馴染みの人間というのは、こういう時に厄介で困る。

「はあ!? あんた、すっぽかすつもりでいたの!? ほんとありえないわ!」

「まあ、影山はゲスの塊みたいな人間だしねえ。でも安心しなさい。もしサボりでもしたらペナルティーを与えるから」

 ペナルティー? と眉をひそめて繰り返した俺に、佐伯先生はニヤリと口端を歪めた。

「今後、金髪ちゃんたちに協力的でない行動を取ったら、その都度あんたの恥ずかしい秘密をひとつずつばらしていくわ」

「俺の恥ずかしい秘密……?」

「そうよ。たとえば、あんたが二度目の恋をした時の話とかね、確かあんた、あの時好きな人にポエムを送ろうとして──」

「うわーっ! うわーっ! うわーっ!」

 それは俺の消したい過去の中でもワースト3に入るやつ! 他人に聞かれたら悶え死ぬやつだから!

 が、幸いにもとっさに大声を出したのが功を奏したのか、どうやら光守たちには聞こえなかったようで、

「え? 今なんて言ったの?」

「さ、さあ? 私は影山くんの大声にびっくりして耳を塞いじゃったから……」

「自分もよく聞き取れなかったっス」

 と皆一様にして首を傾げていた。

「こんな感じで、影山の恥ずかしい秘密を暴露していくから。それをよく肝に命じた上で行動なさい。ま、あたしにとっては笑える話でしかないけれどね~」

「俺にとってはガチでシャレにならねえよ……!」

 怒りのあまり、ついタメ口になってしまった。この飄々とした顔がまた小憎たらしい。

 この人のこういうところ、マジで苦手だ。昔はここまで擦れていなかったはずなのに、どうしてこんな風になってしまったのやら。まあ、俺もあまり人のことは言えないが。

「それにしても、久しぶりにあんたの大声を聞いたわ。いやー、これだから男の子をイジるのってやめられないのよね~。肌がつやつやするわ~」

「そういうのは俺じゃなくて好きな男にでもやってくださいよ。こっちにしてみたら心臓に悪いだけだ……」

「バカねー。好きな男にやったら嫌われちゃうかもしれないでしょー? こういうのは逆らえないとわかっている相手にやるから最高なのよ」

 どう考えても最悪だよ。

「なんかよくわからないけど、とりあえずウチたちにとっては悪い話じゃないってことでいいの?」

「そういうこと。今後はじゃんじゃん影山を外に連れ出していいから。あ、でも、アダルトなところとか危なそうなところは行っちゃっダメよ? あたし、責任を取るとか弁明するとかそういうのは大嫌いだから。絶対に絶対よ?」

 教師とは思えない言葉だった。

 だれだ、こんな人に教員免許なんて渡したバカ野郎は。

「ふーん。ま、そういうことならいいわ。佐伯先生もこう言っているんだから、ちゃんと約束通り来なさいよ。さもないと、すぐに佐伯先生にチクってやるんだから!」

 ちっ。光守の奴、ここぞとばかりに威張りやがって。あのムカつく顔にドロップキックをかましてやりたい。エルボーでも可。

 それにしても、本当に面倒くさい事態になってしまった。

 こうなってしまった以上、俺に拒否権なんてないようなものだし、嫌々ながらでもこいつたちに付き合わなければならないのだろう。心底億劫である。

「あ、そうだ。一応連絡先を交換しておいた方がいいわね。あんた、LINEのID教えなさいよ」

「ない」

「は?」

「だから、やってないって言っているだろ。LINEなんてアプリすら入れてない」

 と答えたら、光守どころか水連寺や大空にまで宇宙人を見るかのような目をされた。

「え、嘘でしょ? 今どきLINEをしていない人なんているの?」

「私も、スマホを持っている人はみんなLINEしているとばかり……」

「先輩、ほんとに現代人っスか?」

 現代人だよ。れっきとした令和の高校生だよ。

「しょうがないわよー。だって影山には現在進行形で友達が一人もいないんだから。あたしは影山の連絡先を知ってはいるけれど、それも電話番号かメールアドレスだけしか知らないし」

「あっ……。なんか、ごめん。ウチ、無神経なこと訊いちゃったかも……」

「なぜ謝るか」

 お前に謝られるなんて鳥肌が立つほど気持ち悪いだけだし、それ以前に憐憫の眼差しを向けられる方がよっぽど屈辱的だからやめろ。

「逆によかったじゃない影山。金髪ちゃんたちの連絡先をゲットできるんだから」

「別にいりませんよ。むしろあるだけ邪魔です」

「ちょっと! いくらなんでも失礼でしょ! それに連絡先を知っておかないと、もしもはぐれちゃった時に困るじゃない!」

「安心しろ。俺はなにも困らないから」

 というか、絶対こいつなんかに教えてやるものか。俺のプライドに懸けて!

「あたしたちが困るの! 先生! 早速出番よ!」

「任せなさい! あたしの影山黒歴史フォルダーが火を吹くわ!」



「おらおら! てめえら、さっさとスマホを出しやがれ! さもないと俺の電話番号をお前らの頭に無理やり叩き込むぞゴラァ!」



 俺史上、最も俊敏にスマホを取り出した。

 プライドや矜持なんて、黒歴史の前では吹けば飛ぶ紙切れも同然だった。

「変わり身、早っ! ていうかキモっ! なにその変なテンション?」

「うるせえ。自分で無理やりテンション上げないとやってられない気分なんだよ」

 本音を言えば、今すぐにでも逃げ出したいくらいなのだ。どうせ逃げても無駄なだけだろうから、仕方なくこうして留まっているだけで。

「にしても、こりゃいいわ~。またなにかあったらすぐ先生に言いつけてやろうっと♪」

「麗華ちゃん、言っていることが生意気盛りの小学生みたいだよ……?」

「んー? 先輩の電話番号って、語呂合わせになっているんスねー。でも、なんで真ん中と下四号が09300480になっているんスか? これって『奥さまオシャレ』って意味っスよね? 団地妻でも狙っているんスか?」

「んなわけあるか。母親が勝手に設定しやがったんだよ。傍迷惑なことにな」

 なんて言い合いながら、お互いの電話番号を交換する俺たち四人。俺は嫌々ながらではあるが。

 と、そんな俺たちのやり取りをしばらく無言で眺めていた佐伯先生が、ふとなにかを思い付いたようにポンと手を叩いた。

「あ、そうだ。考えてもみれば、別に金髪ちゃんたちでも全然問題ないじゃない。どう、みんな。この際手っ取り早く、金髪ちゃんたち三人の内のだれかが影山に惚れさせるっていうのは?」

「は? そんなの嫌に決まっているじゃない。こんな奴、頼まれたってお断りよ」

「私も、ちょっと遠慮したいかな……」

「自分も論外っスね」

 ずいぶん勝手なことを言ってくれるが、お前らなんてこっちの方から願い下げじゃい。

「あちゃー。三人共ダメだったかー。ま、影山だしねー。影山じゃ無理ないか。あっはっはっはっ!」

「あんたにはフォローという概念がないのか」

 もはや、教師相手に敬語を使う気にもなれなかった。



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