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三話 勝負とか面倒くせぇ



「え? だれこの人?」

佐伯さえき先生だ」

 別段こっちに訊ねたわけではないのだろうが、光守の疑問に俺が佐伯先生に代わって手短に答える。

「佐伯先生……? 萌は見覚えある?」

「ううん。私は初めて見るかも……」

「自分も見たことないっスね」

 三人揃って疑問符を浮かべる光守たちに、佐伯先生は頬を掻きながら「あ、そっか。下級生だとまだ知らない子たちの方が多いのか~」と苦笑した。

「じゃあ改めて名乗るわね。あたしは佐伯さえきかや。普段は三年生の現代文を担当しているから、あなたたちと顔を合わせるのはこれが初めてかもしれないわね。ついでに言っておくと、文芸部の顧問でもあるのよ」

「え、ここって顧問いたの?」

「いるに決まっているだろ。顧問がいなきゃ、そもそも部として認めてもらえないだろうが」

 アホみたいなことを言い出す光守に、俺は嘆息混じりに突っ込む。

 ちなみに部を設立する場合、必ず一人は顧問が必要になると生徒手帳にも明記されている。こいつのことだからちゃんと目を通した機会がないのだろう。まあ、俺もすべての内容を把握しているわけでもないのだが。

「わー。綺麗な先生。でもどうしてジャージなんですか? 現代文担当なんですよね?」

「なんでって、そりゃあジャージの方が楽だからよ」

 水連寺の問いに、身もふたもない返し方をする佐伯先生。

 そんな佐伯先生に、水連寺は笑顔を強張らせて「楽……」と言葉を失っていた。

 気持ちはわかる。見た目は宝塚の男役でもやっていそうなほど凛々しくてカッコいい女性なのに、ジャージを着ている理由が「楽だから」というまさかの一言だしな。俺も佐伯先生と初めて会った時は、水連寺とまったく同じ反応をしたものだ。

 いや、ジャージの方が楽というのはよくわかるし、その方が仕事もしやすいのだろうが、せめてもうちょっとマシな理由はなかったのだろうかと思う。体育教師でないというのなら、なおさら。

「それで、さっきの『まんざら噂でもない』というのはどういう意味なんですか?」

 俺に水を向けられ、佐伯先生は今思い出したとばかりに手をポンと打って、

「あ、そういえばまだ途中だったわね。実はちょっと前に職員会議があったんだけれど、そこで部活が多すぎるのが問題視されて、現存する部の見直しが近々行われるのが決定しちゃったのよ」

「部活の断捨離……」

「やっぱり、一部の生徒には知られちゃってたかー」

 光守がふと漏らした呟きに、佐伯先生は苦味走った笑みを浮かべた。

「本当は後日、体育館にみんなを集めて知らせるつもりだったのだけど、どこかで情報が漏れたみたいねー」

「ほら見なさい! やっぱり本当のことだったじゃない! きっとあんたみたいな友達の少ない奴だけしか知らなかっただけなのよ!」

 勝ち誇ったように言う光守に、俺は憮然と腕を組んで「ふん」と鼻を鳴らす。



「勘違いするな。俺は友達が少ないんじゃない。友達がいないんだ」



「…………、えっ。なんでそれ言っちゃったの? 言い直す必要なんてあった?」

「ある。大いにあるね。友達なんて足枷にしかならないような存在が、俺にもいるとは思われるのは甚だ心外だ」

「えー……。あんた、どんだけ性格が捻じ曲がっているのよ。今からでも心理カウンセラーに診てもらった方がいいんじゃないの?」

 大きなお世話だ。

「それより先生。その見直しというのは、具体的にはどう行われるんですか?」

「現時点で少数の三年生しかいない部や、規定の部員数に足りていない部などが見直し対象になっているわね。もっとも今すぐどうこうする話でもないし、あくまでも部室からの退去を命じるだけで、廃部扱いにするわけじゃないけれど」

 俺の質問に、苦々しい表情で答える佐伯先生。佐伯先生としても本意ではないということなのだろう。

「じゃあ文芸部は? 今のところこいつ一人しかいないし、その見直し対象というのに入るんじゃないの?」

 俺を不躾に指差しながら問うた光守に、佐伯先生は「まあそうね」と頷く。

「なにかの大会で表彰されたというのなら話は別だけど、これまで文芸部がどこかの賞に選ばれたっていう経歴はないし」

「ということは、やっぱりウチらの部室にしていいってこと!?」

「このまま新入部員が入りでもしない限りはね。それもあと二人以上は」

 佐伯先生はああ言いはしたが、まあ無理だろうな。なにせ勧誘活動なんて一切してこなかったのだから。

 ようは身から出た錆という話ではあるのだが、急な話だったため、こっちとしても戸惑いを隠せない。

「悪いわね、影山。あたしもどうにかして止めようとはしたのだけど、全然話を聞いてもらえなくてね……」

「いえ、先生も公務員とはいえ雇われている側ですし、上に逆らえないのは仕方ないことですよ」

「くっ……! 会議前にカップ酒を飲もうとしたのがまずかったか……! でも、ちょっとくらい見逃してくれたっていいじゃない! こちとら連日残業で心身共に疲れきっているというのに! あの毛髪詐欺め、今度あったら生徒たちの前であのカツラを毟り取って、ハゲ教頭って渾名を学校中に定着させてやろうかしら……!」

 完全に自業自得だった。

 ていうか、逆恨みがすぎる。

「……なんかこの先生、思っていたよりアレな人ね」

「うん。見た目は綺麗なのにね……」

「残念美人って奴っスね」

 佐伯先生のやばい言動に、こそこそと身を寄せ合って内緒話をし出す女子三人。はっきり言って会話が丸聞こえ状態なのだが、まあいっか。本当のことだしな。

「先生。そんなことより、さっきの続きを話してもらえませんか? まだどんな形で退去を命じられるのか、聞いていないままなので」

「そんなこと!? ちょっと影山、こちとら酒もなかなか飲めない残業続きの毎日を送っているのに、そんなことの一言で済ますつもり!? 今まであたしが残業をしていられたのも、カップ酒のおかげだったのよ!?」

「初犯じゃないんかい」

 普通なら解雇案件のはずじゃね?

「あとで肩揉みでもなんでもしますよ……それより話の続きをお願いできますか?」

 俺の言葉に多少は気を良くしたのか、佐伯は少し嬉しそうに頬を緩めて、

「そ、そう? それならまあ話を続けようかしら」

 言いながら、懐から四つ折りにされた紙を取り出す佐伯先生。そうして佐伯先生の手ずから広げられた紙には、文字の羅列のようなものが裏面から透けて見えた。

「これはまだ秘匿情報なんだけれど、すでに退去を検討されている部がいくつかあって、この紙にリストアップされている部は、近日中に生徒会から退去勧告を受ける予定になっているわ」

 思わず「えっ」と両目を剥きつつ、佐伯先生から紙を受け取って文芸部の名を探す。

「マジか……」

「なに!? もしかしてここも載っていたの!?」

 呆然とする俺からリストを強引に奪い取って、光守が水連寺と大空と一緒になって書面を眺める。

「あ! あった文芸部! ていうことは、ここも近い内に空きになるってことね人 やったあ!」

「れ、麗華ちゃん、ちょっと喜びすぎだよ……」

「だって、ウチたちの部室がようやく手に入るのよ!? 喜ばないでどうするのよ!」

 俺の方を気遣うようにちらちらとこっちを窺う水連寺とは対照的に、光守は嬉々とした表情でぴょんぴょん跳ねる。

 佐伯先生の話からして、部室を取り上げられるのはほぼ確実のようだが、まさかこんなに早く退去(まだ実際には勧告されてはいないが)を命じられるとは思ってもみなかった。

 そうか、数少ない俺の居場所がもうじき無くなってしまうのか……。無念というかなんというか、もはやショックがでかくて言葉も出ない。

「ふっふっふっ! 運命の神様はウチたちに味方してくれたみたいね! ざまあ見なさい、この陰険童貞野郎が! あんたみたいな冷凍イカみたいな目をした奴は、冷凍庫の中で一生閉じこもっていればいいのよ! 冷凍食品と一緒にね!」

「麗華ちゃん、言葉遣いが汚いよ……。あと、そんなに上手くもないし……」

 なんて西蓮寺のツッコミも馬耳東風とばかりにスルーして、光守はビシッとネイルが塗られた人差し指を俺に向けて突き立てた。

「さあ、今度こそウチたちにこの部室を渡しなさい! もう言い逃れしたって無駄なんだからね!」

「だが断る」

「うんうん。あんたもようやく観念したか。色々言い合ったりはしたけれど、いつかあんたの部に人が集まるのを陰ながら祈って……って断るぅぅぅ!?」

 本日二度目のノリツッコミ、いただきました。別にいらんけど。

「なんでそうなるのよ!? さっきまでの話、聞いてなかったの!? 近い内に空く予定の部室を、ウチたちが先約するっていうだけの話じゃない! なんの問題があるのよ!?」

「問題はない。問題はないが──」

 そこで俺はおもむろに椅子から立ち上がり、逆に指を差し返して言った。



「そっちにくれてやるくらいなら、他の部に譲ってやるまでだ! お前らの思い通りにさせてたまるかブァーカ!」



 ポカンと一瞬だけほうける光守。

 それからそのすぐあとに、

「はああ!? ほんとありえない! このクズ!」

 クズでけっこう。こいつの困った顔が見られるのなら、いくらでも外道に堕ちてやるわ。

「もう! どこまでも融通の利かない男ね! あんたみたいな面倒な奴は、いっそのこと運動部にでも入っちゃえばいいのよ! それで仲間と一緒に青春の汗でも掻いて、少しでもその曲がった根性を矯正してもらいなさい!!」

「運動部とか、ぺっ!!!」

「きゃあ!? きったな! なんで唾なんて吐くのよ!? しかも部室で!」

 即座に俺から距離を取る光守。どうせならこいつの顔にでもかけてやるべきだったかと思ったが、さすがにそれはまずいか。佐伯先生もしかめ面になっているし。

「なに、あんた運動部が嫌いなの? うちの野球部とサッカー部、けっこう強くて有名なのよ?」

「はんっ。運動部なんて、ろくでもない連中の溜まり場でしかないんだよ。野球部はタバコの喫煙がバレて地区大会出場禁止になって、サッカー部は校内での乱交が発覚して全員停学処分にでもなっちまえばいいんだ。ついでに全員もげろ」

「なにその偏見……。なんか根拠でもあるの?」

「俺の独自の調査による統計だ」

「どんな調査よ……」

 それは企業秘密だ。他人に話すつもりは一切ない。

 だいたい奴ら、運動部というだけで文化部にマウントを取りがちなんだよな。運動ができるというだけで俺みたいな陰キャよりも立場が上とでも思っているのだろうか。だとしたら猿山のボス気取りも甚だしい。



「……ねえ麗華ちゃん。もういいんじゃないかな?」



 と。

 離れた位置で俺らのやり取りを見ていた水連寺が、躊躇いがちに光守の袖を後ろから掴んだ。

「影山くんもああ言っているし、一度日を改めるのはどうかな?」

 などと言う水連寺に対し、光守は慌てて背後を振り返って、

「待ってよ萌! 諦めるのはまだ早いわよ。どこかの部に取られる前に早くウチたちのものにしないと、ただでさえこっちは顧問がいなくて不利なんだから……!」



「ん? お前さっき『顧問がいない』って言ったか?」



 俺の問いかけに、光守は「あっ!」と声を上げてよろめいた。

「ううっ。また口を滑らせちゃった……。絶対言わないように気を付けていたはずなのに~!」

「あれ? あなたたち、まだ顧問がいなかったの? それだと部室はあげられないわねー。ていうか、そもそも顧問がいない状態だと部すら設立できなかったような……?」

 なんて首を傾げる佐伯先生に、光守も水連寺も気まずそうな顔で互いを見合った。ちなみに大空はというと、腹をさすりながら「お腹空いてきたっス~」と嘆いていた。こいつ、本当にブレないな。

「なるほど。なんでそこまで文芸部の部室にこだわるのかと疑問に思っていたが、そういうことか。つまりお前らは顧問の先生が正式に決まるまで、先に部室を押さえておきたかったんだろ? 取り合いになりにでもしたら、絶対に勝ち目なんてないから」

 俺の指摘に「くっ……」と悔しそうに歯噛みする光守。

 とどのつまり、こいつは部室欲しさに虚言を吐いていたというわけだ。

 恋愛研究部なる架空の部をでっちあげて。

「部室を欲しがっているところなんて、他にもいっぱいあるからねー。あたしが職員会議で聞いた限りでは、二十近くの部が部室を欲しがっているみたいだし。だから仮に顧問が見つかったとしても、壮絶な取り合い合戦になるでしょうね」

「二十近くって……。あ、そうだ! 佐伯先生にウチらの顧問になってもらうっていうのはどう!? 文芸部が無くなれば、先生も空いてくるわけだし!」

「ふざけんな。俺は文芸部を無くすつもりはないぞ。たとえ同好会扱いになって、部室を追い出されたとしてもな」

 それに、今さら他の部に行く気もないし。部室が無くても、部活動自体は図書室とかでも可能だしな。他人と同じ空間にいなきゃいけないのだけは苦痛ではあるが。

「うーん。それだと他の部の顧問にならなきゃいけないし、ちょっと厳しいわね~。ていうか、これ以上働きたくなんてないし……」

 最後にぼそっと本音を漏らす佐伯先生なのであった。俺的には逆に頼もしい限りである。いいぞ、もっと光守を絶望させてやれ。

「そんな~。じゃあウチたち、やっぱり顧問の先生を探さないといけないの~?」

「まあ、そうなるかしらね。心当たりのある先生がいたら紹介してあげてもよかったのだけれど、みんな忙しいから望みは薄いわねえ。そもそもあたし、あんまり仲のいい先生がいないから……。特に男の先生には酒癖の悪い女って噂されているみたいで、心なしか敬遠されているような気がするのよね……」

 いや、なにも佐伯先生の絶望まで見せなくても。不憫すぎてこっちの胸まで痛くなるぜ……。

「なんか、結局ダメそうな感じっスね」

 と、それまで静観ばかりしていた大空が、ここに来て話を締めるような言葉を発した。

 さてはこいつ、空腹のあまりさっさと帰りたくなったな? そういう素直なところ、嫌いじゃないけどな。

「そうだね。鳴ちゃんの言う通り、このまま話しても平行線が続くだけだと思う。ね、麗華ちゃん。今日はもう帰ろう?」

「くう~っ。せっかく部室を押さえられると思っていたのに~。こんな根暗陰険童貞クソ野郎さえいなかったら~!」

「あっはっはっ! いくらでも言うがいいわ! おら、用が済んだらさっさと帰れ! こちとらお前の顔なんて一生見たくないんだよ!」

「それはこっちのセリフよ! ほんとありえない! ああもう、こいつに一泡吹かせてやりたい~!」



「あ。だったら、この際あなたたちで勝負をしてみるのはどう?」



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