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4つのeither

・either……どちらか、どちらも

 

最初に気付いたのは先々週の水曜日のことだ。


 あれから匂いはますます酷くなっている。 

ー-これじゃあ勉強も手に付かないじゃないか。

 安井は半年程前から調子の悪いマウスから手を離して顔をしかめた。

 それから大してはかどっていないレポートを睨みつけると、全部悪臭のせいにした。

 奨学金の為には成績を維持しないといけない。

 勉学に打ち込み教授たちの評価を、他の苦学生たちとの椅子取りゲームに勝たないといけない。

 その為には井上華子の誘いを断るのは至極当たり前の事だった。


 彼女の誘いを断る僕の罪悪感、それに気づいて「気にしないで」と微笑んだ彼女の下がった眉尻まゆじり。ーーそれなのにこの悪臭のせいで全部無駄になった。

 今頃彼女はいつも一緒にいる女友達と信濃路の寺で数年に一度の御開帳に立ち会っているのだろうか。

 

1000年前の人々の暮らしに思いめぐらしていた安井の思考は対象を現在を生きる知人の女性へと置き換えてそのまま鬱々(うつうつ)と自分の惨めさを呪う。

 その間にも生ごみの腐敗したようなにおいは当てつけのように漂ってくる。木曜日には自分の部屋の冷蔵庫の中身を確認していた安井もこの時には原因が自分ではない事に気付いていた。

 

 防音という程でもないが、そこそこ厚みのある壁に近所にスーパーや図書館がある事の利便性、何より家賃が安い事が魅力で移り住んだマンションは悪くはないが、心に一点の曇りもなく良いとも言えない。

 

そもそも、延々(えんえん)と続く田畑にちらほらと点在する古い日本家屋が生家の安井にはマンション暮らしというものにまだ慣れずにいた。

 壁一枚挟んだ隣に顔も知らない赤の他人がいると思うと落ち着かない。

 そして、恐らくこの匂いの原因はそのご近所さんの食いカスの後始末の不手際によるものなのだ。

 こうも悪臭を漂わせておいて当の本人が耐えられるとは思えない。

 隣部屋の自分のトコまで来ているのだ。鼻なし芳一というなら話はまた別だが、恐らく旅行か仕事かで木曜日から家を空けているのだろう。

 

そうなると左隣の丸山さん家は排除される。

 丸山さんの奥さんは顔の知っている数少ないご近所さんの一人で、今朝もゴミ出しをしているところを見かけた。

 旦那はどんな人間かは顔を合わせた事もないので知る由もないが風の噂ではろくでもない男らしい。とは言え、家庭を切り盛りしているであろう彼女がこの汚臭の原因を見逃すとは思えない。

 家事上手でてきぱきと働き少し神経過敏なところもあるが、基本的に人の好い女性だ。

 廊下ですれ違えば向こうから挨拶をしてくれるし、郵便物など困ったことがあった時に頼りにさせてもらっているし、それに対して恩着せがましい態度もしない。

 ともすれば希薄になりやすいご近所付き合いの中でこの程よい距離感は安井にとってありがたかった。

 このマンションに引っ越してきてよかったと思えたのも彼女の存在が大きい。

それに対して右の隣人とは全くの面識がなく、未知であった。

 まだかすかに話声が聞こえる左と違って、右からはほとんど物音が聞こえない。

 玄関扉が開閉される音とたまに何かにぶつかったようなくぐもった音がするが話声となると皆無だった。

 それは彼も同じで、恐らく相手も自分と同じ一人暮らしの出不精なのだと安井は推測していた。

 一日か二日にいっぺん聞こえる玄関ドアの開閉音はこの五日間一度も聞こえない。

 建物の端側にある安井の部屋は隣に例の一部屋があるだけでその先には非常階段しかない。

 安井の部屋の前を通り過ぎる足音は基本このお隣さんのものなのだが、それもここのところ全く耳にしていない。

 いつも意識しているわけではなく、先週匂いがし始めてその原因がお隣だとあたりをつけてからのカウントなので実際はもっと長いかもしれない。

 長期で家を空ける理由には旅行か仕事、それに法事などがあるが、安井はお隣の外出理由を遊びと決めつけた。

 景観の素晴らしさで目を癒し、美味しい物を食べて、広い湯船に浸かりながら極楽に浸っているであろう隣人のせいで自分は狭い部屋で酷い悪臭に悩まされている。


 そう思うのは安井にとって都合がよかった。

 隣人が嫌な奴であればあるほど恨みやすいし、思うように予定が進まないのも自分が憂鬱なのも全部そいつのせいにできる。

 お互いの顔を知らないのはこの場合好都合だった。

 しかし、子供じみた腹いせで気が済むのにはもう時間が経ちすぎている。

 悪臭はあまりにもひどく、そろそろ本気でどうにかしてほしい。

 住人がいない以上お隣に文句を言いに行っても仕方がないので管理人に相談しようと既にブラックアウトしていたパソコンの電源を切り、ついでにアルミ缶が入ったゴミ袋を持っていく。

 先にゴミを捨てていこうと駐車場の一端に配置されたゴミ置き場へ向かうと、そこには丸山の奥さんと、同じ階に住む佐藤浩平がいた。

 同じ大学で顔見知りの安井が近づいて来るのに気づき、佐藤が声を掛ける。

「よお、安井

お前華子ちゃんと出掛けたんじゃなかったのか?」

 佐藤は井上と安井の共通の知り合いだった。安井は曖昧に濁して話をすり替えた。

「お二人で何を話してたんですか?」

 安井が佐藤に対して敬語を使う訳がないので普通に考えればこれは丸山に向けた言葉なのだが、佐藤はそれをトンビのように横からかっさらった。

「飯田さんの連絡先を知らないのか聞いてたんだよ」

「飯田さん?」

 ぴんと来てない安井にエプロンをつけた中年の女性が説明する。

「安井くんのお隣さんよ。

痩せていて小柄なー-ほら、あのまるい眼鏡の」

 そう言われても心当たりのない安井だったが、隣と言われてピンときた。

「もしかして、あの匂いの事ですか?」

「あら、安井くんの所も?」

「そりゃそうだよな、なにせお前は隣なんだから」

 安井の廊下を挟んだ斜め左に住んでいる佐藤が深刻ぶった顔つきで頷く。

「あれには困ったよ。

で、インターホンを押しても全く応答がないからきっとどっかに出かけてるんだろうなって」

「ああ、僕も今管理人さんに言って連絡してもらおうと思ってたんだ。

でも、丸山さんが知り合いならそっちの方がいいな。お隣なわけだしあまり事を荒げたくはないよ」

 下手に大事おおごとにして後々逆恨みをされたらたまったもんじゃない。

 その点、不器用な自分と違って、マンションのほとんどの人間と交流のある丸山に間に入ってもらえるのは安井にとってありがたかったが、丸山は申し訳なさそうに首を横に振った。

「それが私も連絡先までは知らないのよ。

飯田さんとはお醤油なんかの貸し借りをするぐらいの仲だったから。

でも、本当に優しい穏やかな人で、

よく相談に乗ってくれてね」

 その場に流されず、知り合いを庇うような態度の丸山を好ましく思うと共にさっきまで恨みつらみのスケープゴートにしていた安井にはいささか居心地が悪かった。

 自分の口にした言葉がそれ程非難めいてなかったのがせめてもの救いだ。

「じゃあ、とりあえずもう少し飯田さんが帰ってくるのを待ちますか。

多分もう1週間ほどは経っているはずですし、そろそろ戻ってきてもいい頃合いですよ」

 責任転嫁の罪滅ぼしの意も込めて言った安井の言葉に丸山は安堵あんどして頬を緩めた。


 結局缶を捨てに行っただけの安井は部屋に戻るともはやレポートの続きをする気も起きず、部屋の半分を占めるベッドにだらりと横たわると枕元に置いてあった小説を取る。

 ミステリー小説だ。

ー-正直あまり趣味じゃない。

 なぜその好きでもない本が彼の手元にあるのか、それは同じくあまり得意ではない佐藤浩平と井上華子がそれらの重度の愛好者だからだ。

 自分を置いて盛り上がる二人になんだか気に食わなくて、それで「へぇそんなに面白いんだ」だなんて興味があるみたいな口振りをしてしまったのが安井の運のツキだった。

 普段は控えめな彼女が喜んだのはよかった。

 でも、別に佐藤を喜ばせる気はなかった。

 自分のプロモーションが効いたのだと勘違いした奴は得意になって喋り出した。

「いいか、安井。人を殺すって言うのは難しい事じゃない」

身を乗り出してそんな事を声を潜めることなくいうものだから直ぐ隣でナポリタンを食べていた男が思わず振り向いた。

「おい、やめろよ」

「難しいのはな、殺人を隠す段階なんだよ」

 たしなめる安井を気にするそぶりも見せず佐藤は続ける。

 安井は佐藤が苦手だった。

 ミステリーが好きなのは別に人それぞれ趣味嗜好があるから批判するわけじゃないが、佐藤の場合は相手が誰だろうがー-それこそ大学の面々からご近所さんに至るまで手当たり次第ー-そしてそれを聞き手が求めていようがいまいが関係なく、気味の悪い話を滔々(とうとう)と語るからだ。

そしてそれに対して井上華子が嫌がるでもなく苦笑しながら付き合うからだ

「難しいのは事件を発覚させないってことなんだ。

一番は死体の処理だ。

人を殺したら当然死体が出る。

でも死体って言うのは隠すのが難しい。

なんて言ったって人一人死ねば、人一人分の肉塊が生まれるわけだ。

だから世のミステリー作家は頭を捻りあげてトリッキーな処分の仕方を考えだす。

『二壜の調味料』はそう言う点で言っても興味深いぞ」

 現在安井の手の中にあるものは、井上華子がその意見に大賛成して「ねぇ、家にあるから貸してあげるよ」と言うものだから断れずに借りたものだった。

 男が恋人だった女を殺している時点でうっとなった。

 途中まで読んでベッドに放っていたそいつに再度取り掛かる。

 しかし安井の文字を追う目は虚ろになり、レコードから流れる音源のように佐藤の殺人談義が頭の片隅で流れ出す。

「死体ってのは視覚的に隠せばいいもんじゃない。

なにぶん肉だから腐るわけだ

それで、匂いでここにいるって事を知らしめる

それは凄い匂いだよ

普通じゃないって人に思わせる匂いだ

夏場にスーパーで買ったパックの肉を外に1日放置してみろ

それだけでもものすごい腐臭がするのに、そのパックの肉の何倍もの肉の塊だ

そりゃとても隠し切れたもんじゃないよ

だからって燃やせばいいわけじゃない。

葬式に出たことあるか?独特の匂いがするだろ。

だから、やっぱりバレる。

やるなら、一番は早いうちに土中に埋める事だろうな。

池や湖は底なし沼でもない限り、お勧めしない。分解が進みずらいからな

金があるならでっかい冷凍庫にでも買ってそこに入れてタイミングを見て処分するとか、、それならひとまず匂いの心配はないだろうけど。

とはいえ死体を捨てに山なり海なりってのも重労働さ。

大人の男ともなれば軽くても50キロはあるんだから、しかも相手はこちらが担ぎやすいように気を遣ってやくれない。生半可の覚悟で出来る事じゃあないよ。そりゃもうね」

 頭から佐藤の嬉々とした声をきだしてページをめくる。

 しかし直ぐに嫌になってやめた。

 匂いが気になって仕方がない。

 丸山さんの前ではああ言ったが、自分の部屋に戻るとやはり耐えきれないものがある。

 一体、部屋の中はどんな様子なのだろうか。

 これほどの匂いなのだから相当大きなゴミを放置したのか、食材を冷蔵庫に入れ忘れたとか?

 自分の想像にうっとした村山は部屋の中の淀んだような空気を喚起しようとベランダに出た。

 しかし、それは間違いだった。

 匂いは室内よりも酷く吐き気から鼻と口を押さえる。

 前屈まえかがみになった安井の視界を黒い塊が素早く横切った。

「うわっ」

 虫の嫌いな安井の叫びには目もくれず、そいつはさささとベランダの仕切り板の隙間に消える。

 気分を変えるどころかこの最悪な始末に安井は悪たれを吐くわけでも不愉快な体験を締め出すためにベランダの扉を閉めるでもなく、ただ気違いのように目をまんまるに見開くと、自分が今思いついたソレが間違っている事を証明しようと、ベランダの手すりに両手を置き、体をそっと乗り出した。

 体勢はきつかった。それに手が使えない分、匂いを防ぐこともできない。

 しかし、安井はそれらに気を遣る事は無かった。

 さっきから佐藤の嬉々とした声が頭の中でくるくると回り続ける。溝を絶えず針が引っ掻きだす。

 間違っていると言う確証が欲しくてぐっと腹を手すりに圧迫させる。

 お隣さんのベランダはほんの隙間だけ開いていた。

 クーラーのないこのマンションはこの季節、夜は蒸し暑い。

 安井も寝る前にはそのように窓を開けておく。そうすると涼しい風が入り込んできて火照る体を涼めてくれるのだ

 もちろん、安井にも隣人がゴミの不始末をするほどのズボラだとは思えても、2週間以上家を空けるのに鍵を掛けずに出掛けるほど不用心だとは思わなかった。

「勘違いだ、きっと勘違いに決まっている」

 壊れたレコードが額に汗をにじませ一段抜きで階段を駆け下り、呑気にお茶を飲んでいた管理人をせっついた。

 こうして安井は右隣の隣人に初めてお目にかかる事が出来たのだ。


 

3日後、飯田義文の部屋の悪臭の根源はようやく為すべき処理を施され必要な調査の下、事件性のない孤独死として処理された。

 実際、彼が病気で死んだのは死体の状態から明らかで、医者もそれ以外の理由を生み出す事は出来なかった。

 唯一、不自然とされたのは遺体の腹の上で丁寧に組まれた手が作為的なものを感じさせる点だったが、それも故人がそうやって眠る癖があった可能性は否定できない。

 実際、管理人の母がそのように眠る人だったらしく、彼はその説を誇示して吹聴した。


 

あれから数か月、ご近所さんはかなり減った。

 丸山さんも知り合いの最後にショックを受けたのか誰にも何も言わずにいつの間にかいなくなっていた。

 安井も引っ越さないのかと大学の友人たちからは言われたが、自分でも理由をちゃんと説明できるわけではないが彼はそうしたいと思えなかった。

 あの恐ろしい光景を目にしてから数日間は物を食べる事が困難で、今でも時たま思い出して胸がつっつかえる。

 マンションの持ち主は頑張ってはいるが、何日も放置されたせいか匂いは他の部屋にも移っていてとても新しい入居者を呼べる状態ではない。

 安井の部屋もあの頃程ではないが、今でも染みついた匂いは消えていない。

 しかし、それでも安井が事故物件の隣で住み続けるのはオーナーに同情してのことではない。

 あの瞬間、人間の亡骸の果てを見た瞬間、安井は「次は自分だ」と思った。

 このまま人付き合いを拒み、金や名誉に目を奪われれば自分も最後にはああして死ぬのだ。

 人知れずに部屋でひっそりと死に、悪臭によって人間の姿を失ったものとして発見される。

 それに気づいた時彼は井上華子に電話を掛けていた。

 あの5日間あれほど恨みつらみをぶつけていた隣人に対し、安井は畏敬の念をもっていた。

 壁一枚挟んだ向こう側でどんな光景がかつてそこにあったかを想うと体のそちら側がぞぞぞと震えたりする。

 恐ろしい光景で、きっと生涯忘れる事は出来ないだろう。

 見なくて済むなら見ない方がいい。

ー-でも、きっと僕はそれが必要だったんだ。

 携帯の着信音と画面に表示された名前に安井は顔を綻ばせ電話に出た。

「ああ、大丈夫だよ。今日中に終わらせるから」

 しばらくして恋人との胸の弾む会話を終えた安井は部屋の静けさにふとわびしさを感じた。

 そして必然的に自分の隣人のことを思う。

 もし、自分が彼が80手前のお年寄りだと知っていたなら、もっと早くその可能性を思いついて気づいて彼を見つけてあげれただろう。

 しかしだからと言って、想像力のない丸山の奥さんを責める事は出来ない。

 彼女に落ち度はないのだ。

 不幸な事件だったのだ。

 不幸な最期だった。


と、次に想像力のない安井はそう思っていた。

 安井と同じく居残り組で安井と違って週末を楽しく過ごせる相手のいない佐藤は事件が鳴りを潜め、これ以上追及されなくなった事に安堵していた。

 それでも少し思う事があるらしく部屋で一人むっつりと黙り込んでいた。

 安井と違って旺盛な想像力を持っていた彼は考えていた。

『さて、殺したのは死体を見つけた前か、後か、どちらだろう?それによって話は大分変わってくる』

 それからしばらくしてぽつりと呟く。

「でも、あの人はいい人だったから」

 それでもう、彼は考える事を辞めた。

第一発見者の丸山の奥さんは最後の一袋を捨ててようやく胸を撫で下ろした


最後まで読んでいただきありがとうございます。


今回のお題も前回の桜同様楽しくてあともう一つ「隣の人」という作品があるのでよろしければそちらも読んでいただけたら嬉しいです。


あと、僕の書くミステリーって結構暗い?のが多いんですけど、5月ぐらいには書き終わる予定の暗号を使ったミステリー、そちらは明るめの作品になっていますし、読みやすさを重視で書いていますので、今回合わないなと思った、それでもこいつの作品をもうちょっと読んでやるかという殊勝な方は気長に待っていただければと思います。(しかも人生初の中編ミステリーです!)(本当に書ききれるかどうかは不明)


追記:こちらの作品が読みにくいな、と思った方は以前投稿した「かくれんぼ」という作品をおすすめしています。ジャンルがホラーになっていますが、どちらかというとミステリー風味の話になっています。幽霊も死体もでませんのでそういう怖いものが苦手な人でも読める様にはなっています。(そっちも蛇足あります)



貴重な時間を使っていただきありがとうございます。

また、お会いできるのを楽しみにしております。




追伸:これはミステリーじゃないと言う意見は受け付けます。しかし、言うからには最後までお付き合い願いたい

   僕がミステリーを書けるようになるまで


◆◆蛇足◆◆

ここを読んでいると言う事は、つまり「は?何が言いたいんだこいつ?」と訝しみ、この程度の文章で丸投げをするなどとは!と憤慨している読者の方々だと思われます。

そして、自身の作品の解説という実にこっぱずかしい仕事を僕はしなくちゃならない、と。

仕方ありません。僕の文章力の欠如のせいです。責任を取りましょう。


舞台はとあるマンションの一室、物語の進行役となる安井は異様な匂いに悩まされています。

多分途中から大多数の方が察していたと思いますが、それは隣部屋の孤独死した老人のご遺体から発せられた死臭と物語りの後半で判明します。

そして、ラストから5行。


====

『さて、殺したのは死体を見つけた前か、後か、どちらだろう?それによって話は大分変わってくる』

 それからしばらくしてぽつりと呟く。

「でも、あの人はいい人だったから」

 それでもう、彼は考える事を辞めた。

第一発見者の丸山の奥さんは最後の一袋を捨ててようやく胸を撫で下ろした

====


この佐藤の言葉から、死体はもう一つ(そして後述によって安井の両隣りに)あった事が判明します。

思い出していただけると、佐藤の部屋は安井の左斜め前、つまり丸山さんの右斜め前になります。

佐藤がほとんど確信的に疑念を抱いている事から、彼は何かを目撃したのでしょう。

それは丸山さんの奥さんが亡くなったご老人の部屋に入っていった場面かもしれませんし、奥さんがその部屋から青い顔で出ていった瞬間かもしれません。

後になって、ご老人の死亡推定日時が分かった場合、もし丸山さんがそれ以降にご老人の部屋から出入りしたのを目撃したのなら、丸山さんは何故か死体がある事を通報しなかったことになります。


多分ここらで「鍵」の存在に関して疑問を抱く方がいると思います。

つまり、最初に丸山の奥さんがご老人の死体を発見した際にどうやって部屋に入ったのか、と、どうやって鍵を掛けて出てきたのか、という問題点です。

これは二つの描写が想像のヒントになります。

一つ目は前半の安井の『建物の端側にある倉山の部屋は隣に例の一部屋があるだけでその先には非常階段しかない』です。

つまり、ご老人の部屋の隣は非常階段になっているわけです。まずご老人の部屋の鍵を閉め、ベランダから出て(本文にあるようにベランダの鍵はかかっていない)非常階段を伝って外に出れば未完成の密室ー-つまりはこの作品のご老人の部屋の状況が成り立ちます。

建物の構造によっては難しいケースもあるかもしれませんが、そこまでは語られていません。これは作者の力不足でしょう。

もう一つのヒントが『唯一、不自然とされたのは遺体の腹の上で丁寧に組まれた手が作為的なものを感じさせる点だったが、それも故人がそうやって眠る癖があった可能性は否定できない。』です。

管理人さんはああは言いましたが、これが丸山さんがご老人の冥福を祈って手を組ませたのだとしたら丸山さんとご老人は親しい関係にあったものと思われます。

僕の想像ですが、丸山さんは自分の旦那の事でご老人に相談していたのではないでしょうか。

ご老人が親身になって丸山さんの話を聞いている姿が目に浮かびます。

ご老人は身寄りもなく近くに友人もいない生活を送り、丸山さんは暴虐な旦那のせいで苦しんでいた。

孤独や傷を負ったもの同士が支え合っていた。自分に何かあった時や、日常的な助け合いの為に丸山さんはご老人の部屋の合鍵を持っていたか、もしくは鍵が植木鉢の下にあるのを知っていたとか、まあそんな風に想像することもできるわけです。


鍵問題はひとまず解決しました。

さて、共に苦しみを分かち励まし合っていた友人が亡くなり、丸山さんは彼の第一発見者となった。

そして一つのアイデアが生まれる。

それは大学で佐藤が安井に語った死体の処理の難しさをカバーするものでした。

つまり、ご老人の死体を隠れ蓑にして、もう一つの死体の存在を隠す事が出来ると丸山さんは気づいたのです。


遺体の匂いをもう一つの遺体の匂いで誤魔化す。

一人で運ぶには重い死体を解体して、何度かに分けて処理していく。

今朝ゴミ置き場で安井に目撃された丸山さんがその日の夕方にもゴミ置き場にいた不自然さも目につきます。

丸山さんもそろそろご老人の遺体が発見されるかもしれないと急いでいたのかもしれませんね。


これで、ほぼ全貌は明らかにできたものと思われます。

恥ずかしさから鳥肌が立つ思いではありますが、締めに入りましょう。


4つのeither ……どちらか、どちらも

1,匂いの原因はどちらか?

2,死体はどちらにもある

3,旦那が殺されたのは丸山さんが死体を発見した前か、後か

…もし、発見する前に殺したのなら、衝動的な殺人の可能性が高い。狼狽えて老人の部屋に行き老人の遺体を発見した。しかし、発見後に殺したのなら、それはご老人の遺体から死体処理のインスピレーションを得て意図して殺人を犯したということになる

4,あなたは佐藤のつぶやきをどちらに受け取るのか?

…「でも、あの人はいい人だったから」

 いいひとだから事故だったのだろうと言う推測か。いい人だったから幸せになってもらいたい、もう考えるのはやめよう、どちらの意味であなたは佐藤のつぶやきを受け取りましたか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後書きを読むまで何が何だか分からなかった弱小読者です苦笑 腐臭を使うというのはなるほどなと思いました。
[良い点] 自力で真相にはたどりつけなかったです。 蛇足とされていますが、最後の解説はよかったと思います。
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