弱兵、今日も元気に出動す
魔法、呪法、奇跡、それら超常の力が飛び交う世界においても兵士は必要とされる。
「槍構え!吶喊!」
「うおおおお」
「殺せ殺せ殺せ」
「いけええええ」
「うわああああ」
「いやだぁああ」
粗末な装備な歩兵は最初のひと当てで多くが重軽傷を負う。
それでもひるむことなく、いや怯む心を押し殺しながら彼らは戦う。
「ぎゃああああ」
「いてぇえええ」
「ジョンがやられたぁあ」
「死んでたまるかぁ」
「母ぁちゃあん」
阿鼻叫喚の地獄絵図、の本当の始まりは前線が膠着し、戦術を出し合いきってからだ。
おもむろに敵本陣から現れたのはフードを被り、身長と同等の長さの杖をついた者。そう、一般兵士とは戦力が一線を画す魔法使いだ。
「槍隊!撤退だ!散って逃げろ!」
「うわああああ」
「魔法使いだぁあ」
「死ぬ気で走れぇえ」
「巻き込まれるぞぉお」
「待ってくれぇええ」
兵士達は知っている、この後どのような事になるのか。
走りながらも自軍の本陣を見ればこちらの切り札、白銀の甲冑を身に纏い普通ならありえない光を発している騎士がいた。
「キターーーーーー」
「アイゼンガルドだ!」
「ちょっと待ってぇええ」
「こっちくんなよぉお」
「お助けぇえええ」
「ひぇ、脳筋様だぁ!」
彼らの戦いは唐突に始まった。魔法使いは杖を高く掲げると瞬く間に馬車よりも巨大な炎の玉を作り出し、兵士がぶつかり合っていた場所より逃げ始めた兵士に向けて放った。
「あの火球!あいつガールウィンじゃねーか!?死んでなかったのかよ!?」
「情報通乙」
「うわああああ」
「タイム!タイム!ターイム!」
「あかんあかんあかん」
「あ、これはダメなやつ」
「ヲワタ」
ここで死ぬのかと諦めかけたその時、彼らの頭上に影が差したかと思った後には裂ぱくの咆哮と爆ぜる熱を感じた。
振り向けば、大剣を振り切ったアイゼンガルドの後ろ姿。さらにその向こうには敵兵が魔法の炎に巻き込まれている地獄の光景。
そう、アイゼンガルドは魔法を大剣で敵軍に弾き返したのだった。
「俺様が来たからには安心だ!みな、負傷者をカバーしながら下がれ!」
「うおおおおぉおお」
「さすが!俺たちのアイゼンガルド!」
「助かったあぁあ」
「ありがてぇええ」
「同期の星!」
「脳筋様じゃなかった、俺様だった」
「あいつに比べておめぇと来たら…」
「なにを!?俺だって皆勤賞で王様から受勲してっから」
「ふぁ!?俺知らないんだけど…」
「お前そん時死に掛けてたから」
アンセム王国の兵士達は自国の切り札白騎士アイゼンガルドの登場に完全に慢心していた。
いくら敵国のフラム皇国の死んだと噂されていた魔法使いのガールウィンを戦場に出したとしても、問題ないと。
なぜなら、アイゼンガルドは【奇跡】を使う騎士であり、その奇跡は任意で【魔力】を弾くというもの。
彼自体は魔法を使えないが、空気や大地が持つ魔力を足裏で弾けばとんでもない跳躍力を得れるし、着地に際しても空気中の魔力を弾くことで減速してケガもしない。そんな彼は魔法使いに対して最強の盾となる。
当然一般兵士に対しても強いが一般兵士1000人を殺すなら魔法使いの方が有利だ。だが、魔法使いに対してはアイゼンガルドの奇跡の方が有利となる。
だからこそ、切り札の有利不利のバランスを崩す為にも一般兵士達は日夜戦うのだ。
どんな新人とて一度戦場に出れば知ってしまう現実。我々はなんと無力なのかと、本当に必要ですか?兵站だけなんとかなりゃよくない?と。
それでも、彼らは切り札が自国を守る為にいるように、我らもまた切り札の為にいることを知りながら戦場に出動するのだった。
「だからさ、俺さ、お前より給料多いんだよなぁ」
「ふぁ!?なんで今まで黙ってだんだよ」
「え、お前ならたかりに来るだろ?やだもん」
「30前のオッサンがやだもんとかキショ」
「え、俺の方が階級上なんですけど?不敬じゃね?」
「やー、そこは同期のよしみじゃーん」
「30前のオッサンが猫撫で声でじゃーんとかキショ」
「おま、大体さ…」
こうして弱兵、その中でも逞しきベテラン弱兵たちは日々を生きるのであった。