孤軍の公女殿下、思い上がりの第二公子
「さあ、今日からここがあなたの住むところよ」
国境を越えた先で馬車に乗ってから一時間後。
僕は、第一公女と共にサヴァルタ公国の宮殿へとやって来た。
さすがにメルヴレイ帝国の皇宮と比べれば見劣りするかもしれないが、それでも長い歴史を感じさせる荘厳さを持ち合わせた素晴らしい建物だ。
もちろん、僕が幽閉されていたあの塔とは比べる由もない。
さて……一応、第一公女の置かれている状況は伺ったから、実際にどうなのか、この目で確かめてみないとな。
「フフ……ところで、あなたが先に降りてくれないと、私が降りられないわ」
「あ……も、申し訳ありません」
慌てて馬車から降りると、僕は右手を差し出す。
「ありがとう」
僕の手を取り、彼女は馬車から降りた。
だけど……出迎えに来た侍女や使用人の数は三人、か。
しかも侍女と思われる女性の瞳には、どこの馬の骨かも分からない僕に対してだけでなく、仕える主人であるはずの彼女にも蔑む色が窺える。
……なるほど、ね。
「……殿下。このようなことを申し上げたくはありませんが、立場を弁えてもう少し夜遊びを控えていただきませんと」
「ハイハイ、分かったわよ」
侍女の小声なんて聞きたくないとばかりに、彼女は手をヒラヒラとさせた。
「それより二人共、行くわよ」
「は、はい」
「かしこまりました」
僕と初老の男性……侍従のヨナスさんは、彼女の後をついて宮殿の中へと入った。
それにしても……。
「…………………………」
行き交う使用人達は、僕は奇異な視線を向けられるだけでなく、第一公女に対して辟易しているかのような態度を見せている。
先程の侍女といい、彼女の味方と呼べる者はこの宮殿内にはほとんどいないようだ。
いや、ひょっとしたらこのヨナスさんだけ、ということもあり得るかも。
「フフ、本当はこれから私達がどうしていくのか、あなたから色々と伺いたいところだけど、さすがに疲れているでしょうから、明日の朝にでもゆっくり聞かせてもらうわ。ヨナス、まずは彼を客間へ案内して」
「かしこまりました」
恭しく一礼するヨナスさんと僕を置いて、第一公女は一人でどこかへ行ってしまった。
「え、ええと……よろしいのでしょうか?」
「お嬢様……失礼、殿下はあのような御方ですので、お気になさらず。それより、部屋へご案内いたします」
「は、はい」
僕はヨナスさんに案内され、客間へと案内された……んだけど。
「ふわあああ……!」
その部屋のあまりの豪華さに、僕は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
だ、だって、僕が長年暮らしてきたあの塔とは天と地ほどの差があって……。
「では、御用がございましたら、そちらの呼び鈴を鳴らしてください」
「あ、ありがとうございます」
ヨナスさんが一礼をして部屋を出て行った後、僕はまずベッドの感触を確かめる……うん、このまま天に召されてしまいそうだ。
「だけど、どうするか……」
先程の侍女や使用人達の態度などを見ても、第一公女はこの宮殿内で孤立している。
それを考えると、僕の目的を果たすためには、第一公女を選ぶということはどう考えても得策ではない。
一方で、僕の存在を認めてくださった彼女には言いようのない恩義もあるし、彼女の強気な態度とその裏にある優しさに、仕えるべき主として惹かれている自分がいる。
僕は……どうすれば……。
そんなことを頭の中で繰り返し考えていると。
――ガチャ。
「へえ……あれが姉上が新しく連れてきたペットか」
ノックもせずに中に入って来たのは、第一公女と同じくプラチナブロンドの髪と真紅の瞳、整った顔立ちの僕と同年代の青年とその部下と思われる者達だった。
その口ぶりからも察するに、第二公子の“エルヴィ”第二公子だろう。
だけど、フードを被ったままにしておいてよかった。
メルヴレイ帝国の支援を受けているこの第二公子に黒髪を見られたら、どうなることか分かったものじゃないからね。
「……“アルカン=クヌート”と申します。旅をしていて困っているところを、リューディア殿下に助けていただいた縁で、お邪魔しております」
「ふうん……」
跪き、首を垂れる僕を、第二公子は見下ろしている。
だけど……この視線には覚えがある。
僕が帝国で受けていた、あの蔑む視線と同じだ。
おそらくは、名前から僕がメガーヌ人と知って馬鹿にしているのだろう。
西方の国々は、メガーヌ王国を含め東の国を下に見ているから。
「本当に、姉上も物好きというか……公女としての自覚はあるのだろうか?」
「いやはや、全くですな」
「貴様、早くこの宮殿から出て行ったほうが身のためだぞ」
呆れた表情で肩を竦める第二公子に、取り巻きの部下達が同調して口々に僕を罵倒した。
まあ、これくらい帝国で受けたものと比べれば可愛いものだ。
「私は寛容だから、貴様がここにいることを特別に許してやろう。感謝するのだな」
そう言い残し、第二公子は部下達と共に部屋を出て行った。
「ハア……なるほど、少なくとも性根は最悪だな」
僕は溜息を吐き、かぶりを振った。
まだ第二公子の実力がどのようなものかは分からないが、初対面で感じたのは、あの男は王の器ではないということ。
もし第二公子が優れた王の資質を備えているならば、寛容さを見せるか速やかに排除するか、そのどちらかだろう。
とはいえ。
「それでも、担ぎ上げるには無能なほうがちょうどいい、か……」
信頼を得て裏から操れば、簡単に実権を握れるだろうし、あの性格ならそれも容易い。
帝国や部下達も、そのつもりで第二公子を支援しているのだろうし。
だけど……このままでは、サヴァルタ公国は早晩滅びてしまいそうだな。
そう思いながら、僕は再びベッドの感触を堪能しながら今後の身の振り方について思案した。
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