越境の先、彼女の正体
「フフ、落ち着いたかしら?」
あれからひたすら泣き叫び続け、ようやく落ち着きを取り戻した僕の背中を撫でながら、彼女がそう告げた。
「は、はい……すいませんでした……」
僕は袖で涙を拭い、彼女からそっと離れた。
でも……初めて感じた人の温もりが名残惜しくて、思わず手を伸ばしそうになる。
「だけど、これで色々と合点がいったわ。あなたが国境を越えたい理由も含めて、ね」
「…………………………」
「ねえ。この地下通路、抜けるまでにまだ結構な距離があるのよ。だから、退屈しのぎにあなたの身の上話でも聞かせてくれるかしら?」
彼女は僕を見ながら、傲岸な態度でそう尋ねた。
でも、今なら分かる。
本当の彼女は、そんな態度とは裏腹に、優しさに溢れた女性なんだということが。
はは……自分で言うのも何だけど、僕って人間は存外御しやすいみたいだ。
「では、つまらないかもしれませんが……」
そんな彼女に乗せられるかのように、僕も少しおどけながら訥々と語った。
この僕の、滑稽でくだらなくて、悪意を向けられ続けるだけの、何もない人生を。
「……そう。わざわざ話してもらったけど、本当にくだらないわね」
「す、すいません」
「本当に、くだらない」
僕の話を聞き終え、そう言って腕組みをする彼女は、鼻を鳴らしながら顔を背けてしまった。
でも、そんな彼女の肩が少し震え、腕を握っているその手に力が入っているのが分かる。
「まあ、聞きたいって言ったのは私だから、別にいいのだけど。それで? じゃああなたは、幽閉された塔の中で本ばかりを読み続けてたの?」
「はい。時間だけは有り余っていましたので、全ての本を何度も繰り返し読み漁りました。しかも、面白いことに東方の国で記された本がかなりあってですね」
そう……何故かあの塔にあった書物は、東方の言葉で記された書物が大量にあった。
おそらく、東方について研究している者が、あの塔を利用していたのだろう。書物と併せて、それを翻訳したものも何冊かあったから。
最初のうちは文字や言葉の意味を理解できなくて苦労したけど、今なら東方の文字は全て理解している。
「ふうん……だけど、本のことになると嬉しそうに話すのね」
「あ……す、すいません……」
「フフ、別に責めているわけではないのだから、謝らないで頂戴」
そう言って、彼女はクスリ、と微笑む。
はは……本当は、本のことを話せたことが嬉しいんじゃなくて、その……僕の話を聞いてくれるあなたがいてくれることが嬉しくて、話しているんだけどね。
「あ……そ、そういえば、まだ自己紹介をしていませんでした。もうご存知だとは思いますが、僕は一応、メルヴレイ帝国の第三皇子の“ヴァレリアス=デュ=メルヴレイ”と申します」
「ええ、知っているわ」
「そ、それで、あなたは……」
「フフ……さあ?」
おずおずと尋ねるが、彼女はクスクスと微笑むばかりではぐらかし、答えてくれない。
この地下通路のことといい、彼女は何者なんだろうか……。
「それよりも、出口に到着したみたいね」
そう言って彼女が指差した先には、上へと繋がる階段があった。
僕は彼女の後に続き、階段を上ると。
「お帰りなさいませ、殿下」
「フフ、少し遅れてしまったわね」
階段の先に待ち受けていた初老の男性が、恭しく一礼した。
だけど……この男性、彼女に向かって今、殿下と呼んでいなかったか?
「そ、その……」
「フフ、じゃあ自己紹介してあげる。私はサヴァルタ公国第一公女、“リューディア=ヴァレ=サヴァルタ”よ」
彼女は呆ける僕へと振り返ると、そのプラチナブロンドをかき上げ、優雅に微笑んだ。
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