厄災の否定、認められた存在
「あら、奇遇ね」
「っ!? …………………………」
後ろから声をかけられて振り返ってみれば、昨日のフードを被った女性だった。
彼女に一瞬驚きつつも、僕はすぐに平静を装い、また視線を三人の男へと戻す。
「ああ……あの連中、やはりこの街の衛兵だったのね」
「…………………………」
「それで? あの連中が邪魔をしているから、通れなくて困っているわけ?」
……鬱陶しいな。
できれば他の場所に行ってほし……「フフ……私、別の国境越えのルート知ってるわよ?」……っ!?
「ほ、本当ですか!?」
「ちょ、ちょっと! 離しなさい!」
「あ……す、すいません……」
驚きのあまり彼女の両肩をつかんでしまったことをたしなめられ、僕は慌てて手を離して謝罪する。
だけど、彼女は本当に別のルートを……?
「コッチよ」
……ここで悩んでいても事態は進展しない。
僕は、とりあえず彼女の後をついていくことにした。
彼女に連れてこられたところは、国境の門近くにある建物の中だった。
「ここの地下を通って、国境を抜けるのよ」
「こんなところに、地下通路が……」
建物の床の扉を開け、彼女はそのまま下へと降りていく。
だけど、国境を抜けるだけの規模の地下通路を、どうして彼女は利用しているんだ……?
彼女の背中を見つめながら、僕は首を傾げる。
とはいえ、僕の第一目標は国境を越えてメルヴレイ帝国から脱出すること。背に腹は代えられない。
「それにしても……あなたのその髪と瞳の色、珍しいわね。しかも、昨日あなたが言っていた“厄災の皇子”と同じだなんてね」
「…………………………」
彼女の言葉に、胸が苦しくなる。
だけど、この地下通路を抜けるまでの辛抱だ。ここを出れば、もう彼女と会うこともないだろうから……。
何とかこの苦しさを耐えるために、僕は胸倉をギュ、と握りしめていると。
「……本当に、この帝国の連中は馬鹿で屑ばかりね。あなたもその髪と瞳のせいで、“厄災の皇子”のような扱いを受けたりして。つらい思いをしてきたんでしょう?」
「え……?」
彼女から放たれた意外な言葉に、僕は立ち止まり、思わず呆けてしまった。
一体、何を言っているんだ?
オマエだって僕のこの黒髪と黒い瞳を、忌み嫌っているんじゃないのか……?
「だけど」
「っ!?」
「フフ……その黒髪とそのオニキスのような黒い瞳、私は嫌いじゃないわ」
彼女はいきなり僕のフードを取ってニコリ、と微笑んだ。
そのどこか尊大な言葉遣いとは裏腹に、優しさを湛えた柔らかい笑みを。
「……待てよ」
「? どうしたのかしら?」
「適当なことを言うなよ! 僕のこの黒髪と黒い瞳にそんなことを言う奴は、この世界にいるはずがない!」
不思議そうに尋ねる彼女に、僕は大声で叫び、否定した。
そうだ。僕のこの髪と瞳は、世界中から忌み嫌われている。
だから、そんなことはあり得ないんだ。
「帝国で起きた災いは、どんな些細なものだって全て僕のせいにされ続けてきたんだ! あの父親も! 二人の兄も! 使用人達も! 宰相も! 大臣も! 貴族達も! 帝国民の全てが、この僕の存在を排除したがっているんだ!」
「…………………………」
「分かるか? 散々この国の災いの諸悪の根源とされ続けた挙句、用済みとばかりに毒殺されるんだぞ? 長い間ずっと塔の中に幽閉しておいて、いつもの硬くて食べられないようなパンと野菜くずのスープから、柔らかいパンと野菜スープの中にお肉が入っていることに喜んでも、それが毒入りだと知った時の気持ち、オマエに分かるか?」
ああ、そうだよ。
僕は初めてあんな豪勢な食事を見て、胸をときめかせてしまったんだ。
僕を殺すための、毒が入っているにもかかわらず。
これまでずっと胸に抱えてきたこの怒りを、悔しさを、苦しさを、目の前の彼女にぶつけ、僕は傷つき、血が流れることもいとわずに唇を力一杯噛みしめ、拳を握りしめる。
どれだけ吐き出しても尽きることのないやり場のないこの感情を、それでもなお吐き出すように。
その時。
――ギュ。
「……そう。でも、私は何度だって言うわ。あなたのその黒髪も、黒い瞳も、私は綺麗だと思う。そして、たった一人の誰かが存在が災いを呼ぶだなんて、この私はそんなデマは信じないし認めない」
「あ……」
彼女は僕を優しく抱きしめ、耳元で諭すようにささやいた。
その言葉に、温もりに、僕の心が別の意味で暴れそうになるのを、僕は無理やり押し留める。
「う、嘘を言うな……昨日だって、僕の髪と瞳を見た瞬間、すぐに目を逸らしたじゃないか……本当は、そんなこと思ってもいないくせに……」
僕は絞り出すように、彼女の言葉を必死に否定した。
でも……僕の声はか細くて、震えていて、消え入りそうで……。
「いいえ、私は否定する。そして、あなたが受けた理不尽も、怨嗟も、罵倒も、侮蔑も、それらの全てを私は認めない。“厄災の皇子”? フン、馬鹿馬鹿しい。そんなくだらない世迷言で、私の想いも覚悟も、否定させはしない」
先程の優しさを湛えたささやきとは打って変わり、彼女は強い口調ではっきりと告げる。
そこには、明確に彼女の意志が込められていた。
「……僕は、“厄災の皇子”だ」
「違う」
「僕は、存在するだけで不幸にするんだ」
「違うわ」
「僕はこの世界にいてはいけないって、だから……」
「そんなもの、誰にも決める権利なんてないわ。もちろん、あなたにもよ」
「僕は……僕は……っ!」
気づけば僕は、忌まわしい黒の瞳から涙が溢れていた。
再び目覚めたあの石室で、もう枯れてしまったと思っていた涙が。
「……僕は、“厄災の皇子”じゃないんですか?」
「呼び方まで知らないけど、たかが人の身で厄災なんておこがましいわね」
「……僕は、存在してもいいんですか?」
「ええ、もちろん。誰もがあなたに存在してはいけないと言っても、この私があなたの存在を認めてあげるわ」
「あ……ああ……っ」
僕のそんな問いかけに、彼女は尊大に、でも、僕がずっと欲しかった……求めていた言葉だけをくれた。
信じられなかった。
夢だと思った。
だって……だって、今まで誰もが僕に全ての不幸の責任を押し付けて、僕が世界に存在することすら忌み嫌われていて……なのに……なのに、こんな僕を肯定してくれるだなんて……!
もう、無理だった。
もう、抑えきれなかった。
「ああ……あああ……ああああああああ……っ!」
抱きしめる彼女の胸に顔をうずめ、僕は声にならない声で泣いた。泣き叫んだ。
僕は今日……生まれて初めて、僕という存在を認められたのだから。
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