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国境の街、綺麗な女性

「ハア……ハア……ッ」


 外に出た僕は、とにかく人を避けて国境を目指す。


 この薄汚れた格好では絶対に怪しまれるだろうし、何より……僕のこの黒色の髪と黒の瞳を見られてしまったら、絶対にただでは済まないだろうから。


 とはいえ、国境までは何日もかかる上に、食料も水も一切ない。

 このままでは、国境にたどり着くまでに僕は倒れてしまうだろう。


 だから僕は、途中にある村や民家を見つけては、畑の野菜を盗んで飢えをしのいだ。

 それに、僕には盗むことへの抵抗感や罪悪感は一切なかった。


 だって……この帝国に住む者は全員、全ての厄災を僕のせいだと押し付け、罵倒し、恨んでいた連中……つまり、僕の()なのだから。


 実際、盗んだポンチョのフードを被って姿を隠しながら国境を目指して旅を続けていると、帝国民達は口々に語っていた。


『“厄災の皇子”が死んでくれたおかげで、やっとこの国はよくなる』

『勝手に死ぬくらいなら、最初から殺しておくべきだった』


 どこに行っても、どんな会話を聞いても、僕の話題ばかりだった。

 それだけ、僕はこの国で忌み嫌われているのだ。


 なら、僕だってオマエ達を全員敵()とみなすだけだ。


 口惜しさに唇を噛みながら、僕は街道を踏みしめる。


 そして。


「ここが “デュール”の街か……」


 僕はとうとう、メルヴレイ帝国の国境の街へとたどり着いた。

 この街さえ超えれば、僕は忌まわしい帝国から逃れることができる。


「さて……じゃあ行こうか」


 途中の村で盗んだ、偽りの身分証を手に街の衛兵に見せる。


「よし、通っていいぞ」

「ありがとうございます」


 許可を受け、僕は街の中へと足を踏み入れると、やはり帝国最北端の街だけあって、一足早く冬の装いを見せていた。


「……この国での最後の夜だ。せめて、ベッドで眠りたいな」


 そう考え、僕は宿を物色することにした。

 もちろん、街で最も安い宿を。


「……素泊まりなら銅貨三枚だ」

「じゃあ、これで」


 不愛想な宿の主人に宿賃を支払い、あてがわれた部屋へと入る。


「あはは……ベッドなんて、二か月ぶり(・・・・・)だ」


 僕は早速ベッドの上に寝転がり、感触を確かめる。

 もちろん安宿だから、あの塔と同じように、木の板の上に(わら)を敷いてあるだけの質素なものだけど、それでも、ここまでの道程を考えれば最高の贅沢だ。


「……もう一度、今後について整理してみようか」


 天井を眺めながら、僕はそう呟く。

 この国を出た後、復讐を果たすために僕を受け入れてくれそうな国については、この二か月の間に収集した情報を元に、いくつか目星を付けてある。


 一つは、東方の大国である“メガーヌ王国”。

 メルヴレイ帝国とは異なる文化と宗教を持ち、過去これまでも国境付近では小競り合いが続いている。

 おそらく、帝国を打倒することができるとすれば、この国をおいて他にないだろう。


 ただし、僕を受け入れてくれるかといえば微妙なところだ。

 なんせ、メガーヌ王国にとって僕を受け入れるメリットがほとんどない。


 肥沃な土地、屈強な兵士、豊富な人材……あの国には、必要なものが既に(・・)全て揃っている。

 仮に受け入れてもらえたとしても、精々末席に座るのが関の山だろう。


 もう一つは、ここデュールの街を抜けたところにある、メルヴレイ帝国の属国の一つ、“サヴァルタ公国”。


 この国は、僕が七歳の時に帝国に宣戦布告し、そして敗れた国。

 当時の公王、“アードルフ=ヴァレ=サヴァルタ”は公国の民衆の前で見せしめとして処刑され、それ以降、サヴァルタ公国は属国となった。


 その時の影響が大きいからだろう。サヴァルタ公国は、事あるごとに帝国に対して恭順を示してきた。

 それはもう、卑屈と思えるほどに。


 だから帝国民の間でも、サヴァルタ公国は“腰抜けの情けない国”という評価となっており、サヴァルタ人は嘲笑(ちょうしょう)侮蔑(ぶべつ)の対象となっている。


「……さすがに、サヴァルタ公国では帝国の相手にはならないかもしれない」


 属国という立場を除いても、サヴァルタ公国の国力はかなり低い。

 北方という寒い地域だけあって作物はあまり育たず、土地もやせ細っている上、そのようなところだから人材にも乏しい。


 ただし。


「その分、僕が入り込む余地は充分にある」


 そう……そんな国だからこそ、外からの人材の対して受け入れが寛容だともいえる。

 その中で、僕が塔の書物で得た知識を活かし、公国内で頭角を現すことができれば……。


「ふう……少し、頭を冷やそう」


 僕はかぶりを振ると、ベッドから起き上がって部屋を出た。

 もちろん、この髪を見られないようにフードを被って。


「……国境の街だというのに、あまり活気がないな」


 街中へと出てみたものの、大通りは閑散としていて歩いている人も少ない。

 まあ、国境とはいえ接している国はサヴァルタ公国しかないのだから、仕方ないのだけど。


 大通り練り歩きながら、僕は帝国での最後の食事をする店を物色すると……あ、ここなら安く済みそうだ。


 僕は店の扉に手をかけ、中へと入る。


「いらっしゃい」


 店には、テーブル席でご機嫌な様子で酒を飲んでいる三人の男と、カウンターに座るフードを被った……性別までは分からないな。とにかく、全部で四人の客がいた。


「パンとスープ、それにミルクを一つ」

「あいよ」


 注文を済ませ、僕はフードを被った人物から最も離れたカウンターの席に座る。


 すると。


「ちょっとあなた、聞きたいのだけど」


 フードを被った人物……いや、この声は女性か。

 その女性が僕に話しかけてきたが、随分と高圧的な物言いだな……。


「は、はあ……」


 僕は一切目を合わせることもなく、顔を伏せながら曖昧に返事をする。


「最近の帝国内でのこと、知っていることを言いなさい。例えば、帝都での最近の出来事とか」

「帝都での出来事、ですか……でしたら、“厄災の皇子”と呼ばれた、あの第三皇子が死んだそうですよ……」


 突然そんなことを聞いてくる彼女を訝しむも、その態度から面倒だと感じた僕は、早く彼女から離れるために、帝国民なら誰しもが喜ぶ出来事を、顔を背けながらポツリ、と告げた。


「ああ……あの(・・)。生憎だけど、そんなくだらない話はどうでもいいから、他の話はないの?」

「っ!?」


 その言葉に、僕は我を忘れて彼女へと視線を向けてしまった。

 だって……誰しもが僕を忌み嫌っている帝国民なら誰しもが諸手を上げて喜ぶはずなのに、この女性はそれを下らない話だと一蹴してしまったのだから。


「あの! あなたは……!」


 僕が彼女に尋ねようとした、その時。


「貴様か。最近この街で根掘り葉掘り聞き回っているという、サヴァルタ人(・・・・・・)というのは」

「あっ!? 何をするの!?」


 さっきまでテーブルで酒を飲んでいた男の一人がいつの間にかカウンターに来ていて、彼女のフードを強引に引っ張った。


 すると……現れたのは、驚くほど綺麗な女性の素顔だった。

お読みいただき、ありがとうございました!


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