密偵の正体、侯爵の真意
「簡単です。将軍がパルネラ子爵を解放しない事実を知っているのは、僕を含め四人しかいないからです」
鋭い視線を向けるラウディオ侯爵に、僕は静かにそう答えた。
そう……パルネラ子爵の襟の裏から紙片を見つけた時に、ラウディオ侯爵が決して従属派ではないことを知った僕達は、それが間違いないかを確かめると共に、僕達の情報の漏洩元を確認するため、一計を案じた。
要は、ロイカンネン将軍がパルネラ子爵を解放しないとの偽の情報を告げることで、どのようにラウディオ侯爵に伝わっているかを確認したのだ。
「……元々、僕がリューディア殿下……ディア様の参謀役を担っているということは、宮殿内にも四人しかいません。同じく、この偽の情報を知っているのもその四人。つまり……」
ラウディオ侯爵を見据え、すう、と息を吸うと、僕はゆっくりと口を開く。
「ディア様の侍従であるヨナスさんは、ラウディオ閣下の密偵ですね?」
「…………………………」
僕の言葉を受け、ラウディオ侯爵は無言で目を瞑る。
「……ただ、ヨナスさんはディア様が子どもの頃……それも、帝国との戦が始まる直前から、侍従として仕えています。そこだけが、僕には分かりませんでした」
「…………………………」
「ラウディオ閣下がヨナスさんをディア様の傍に置いた理由を、教えていただけませんか?」
そう尋ねると、後ろでディアが唾を飲みこむ音が聞こえた。
彼女も、真実を知りたいだろうから……。
「……なるほど、君は思っていた以上に優秀すぎるな」
ポツリ、とそう呟き、ラウディオ侯爵は口の端を僅かに持ち上げる。
「君の言うとおり、ヨナスは私の部下だ。だが、そのことにいつ気づいた?」
「最初の違和感は、そちらにいるユリウス殿です。ユリウス殿の所作が、ヨナスさんに似ていたものですから。そして次に、ラウディオ閣下が僕をディア様の参謀役であると認識していたことで、違和感から疑惑に変わりました」
「そうか……」
そう言うと、ラウディオ侯爵は顎をさすった。
「クク……いやはや、リューディア殿下に君ほどの者が来てくれたことは、誠に幸運だった。よかろう、君達が疑問に思っていること、全て答えよう」
「あ……ひょっとして、気づいておられましたか?」
「当然だ。私はこんなに小さな頃から、見てきたのだからな」
ラウディオ侯爵は、後ろにいるディアを見つめながら、ニコリ、と微笑んだ。
◇
私は、先代公王のアードルフ陛下、宰相の“キルボネン”侯爵、そして将軍の“ロイカンネン”侯爵と共に、このサヴァルタ公国の未来のためにこの身を捧げてきた。
だが……あの憎きメルヴレイ帝国は、十年前にこの国を滅ぼさんと周辺諸国にも圧力をかけ、支援を受けることができなくなってしまった。
クク、君も既に知っているだろうが、サヴァルタ公国という国は土地が貧しく、食糧は他国との貿易で賄っていた。
他国は食糧を、公国は北の山脈で産出されるエメラルドを取引材料として。
そのエメラルドに、帝国は目を付けたのだ。
こうなってしまっては、国民は明日の食うものすらままならぬことになってしまう。
そこで、帝国はこんな条件を突きつけてきた。
現公王と側近達は総退陣し、帝国が指示した者を次の公王として立てろ。そうすれば、帝国が百年先の未来まで公国の安泰を約束する、と。
苦渋の末、アードルフ陛下はその条件を飲もうとした。
だが、私が放った密偵による命がけの調査の結果、帝国の目的はそれだけではなかった。
連中は、地図上からこのサヴァルタ公国の名を消し。全てを帝国に組み込むことを画策していたのだ。
しかも、皇帝ブレゾール=デュ=メルヴレイはアーノルド陛下の奥方であり公妃殿下である“フローラ”殿下すらも狙っていた。
ブレゾールは、聖女と謳われていたクローディアを失った代わりに、フローラ殿下をも自分のものにしようとしたのだ。
邪魔となる、アードルフ陛下とその二人の子どもを排除して。
だから我々は立ち上がった。
たとえ敗れると分かっていても、それでも、帝国の非道を世界に知らしめるために。
サヴァルタ公国はメルヴレイ帝国が要求してきた内容を、世界中に知らしめながら宣戦布告をした。
その結果、戦に敗れたサヴァルタ公国は帝国の属国となり、プレゾールの命によりアードルフ陛下とキルボネン侯爵、ロイカンネン将軍は戦死。
そしてフローラ殿下も、陛下に殉じてしまわれた。
だが、この戦で帝国の思惑を白日の下に晒したおかげで、公国は属国となってはしまったものの、帝国は下手な手出しができなくなった。
おかしな真似をすれば、それこそ諸国……特に東の雄メガーヌ王国に大義名分を与えてしまうことになるからな。
しかし、帝国はそれでも公国を滅ぼして版図に組み込もうと、支援という名目で多くの貴族を買収し、エルヴィ殿下をそそのかして従属への流れに持っていこうとしている。
「……私は、それを何とか阻止しようと、あえて従属派の中に入ってエルヴィ殿下や他の貴族を牽制しつつ、帝国の動きを見張っていた、ということだ」
なるほど……やはりラウディオ侯爵は、ラウディオ侯爵なりにこの国を守ろうとしていたということだったか。
それも、従属派の領袖としてディアに恨まれることも覚悟の上で。
「そういうこともあって私は表立ってリューディア殿下を手助けすることができぬゆえ、私の右腕であったヨナスを派遣し、殿下に危害が及ばぬようにしておった。強硬派である殿下は、帝国に目をつけられておるしな」
「「っ!?」」
何気なく語った侯爵の言葉に、僕とディアは戦慄した。
ディアは……下手をしたら、命を狙われていた……?
「最近までは強硬派と言ってもほとんどいない状況だったので、帝国もさほど気にしてはいなかったが、これからはそうはいくまい。なにせ、シルヴァを強硬派に引き入れた上に、カジノの事件で公国……そして帝国の闇を晒し、世論も強硬論に傾いているからな」
「はい……もちろんそれは、理解しています」
そう……僕もまた、カジノの一件によって帝国が仕掛けてくることも予想していた。
だからこそ、僕はラウディオ侯爵をこちら側に引き入れることを画策していたのだから。
「それで、アルカン君……いや、“ヴァレリアス”殿下。もちろんこの後の策も考えておるのだろう?」
はは……やっぱり僕の素性も知っていたか。
だけど、侯爵の質問への答えは決まっている。
「お任せください。次の一手で帝国が公国に介入できないよう、最上の策をお見せいたします」
僕はラウディオ侯爵……そして、隣のディアに向け、口の端を持ち上げながら恭しく一礼した。
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