背後の大物、招待の手紙
ロイカンネン将軍が調査を終えてから一か月が経ち、公都はようやく落ち着きを取り戻しはじめた。
パッカネン男爵の悪事を白日の下にさらした直後は、民衆達は大いに怒り狂った。
特に、貧しい子ども達の売買だけでなく、買われていった先での扱いが最悪だった。
なにせ、子ども達は帝国の貴族達によって狩場へと連れて行かれ、その命は一握りの帝国貴族の娯楽として、軽々しく扱われていたのから。
このことをきっかけとして民衆の反感が高まり、貴族、そして帝国へのデモが公国内の各地で起こった。
一方で、不正をただしたロイカンネン将軍は公国の正義の鑑とされ、その賞賛を一身に受けていた。
もちろん、そんな将軍を配下に持つディアに対しても。
「フフ……エルヴィは火消しをしたいだろうけど、それを実行できる軍は全てこちらが掌握しているんですもの。指をくわえるしかないわね」
「はい。ですが、まだまだ油断はなりませんよ?」
窓の外を眺めながらクスクスと笑うディアを、僕はたしなめた。
第二公子だってその気になれば帝国の力を借りて兵士を投入することは可能だし、何より、今回の事件で多くの貴族を粛正することができたといっても、彼の背後にはまだ大物が一人いる。
――サルヴィア公国の内務大臣、“ヘンリク=ラウディオ”侯爵。
だけど。
「おそらく、ラウディオ侯爵は近々僕達に接近してくると思います。この事件で、彼の子である貴族の一人が粛正されましたから」
元々、カジノの調査では将軍の名声を高めることと第二公子の陣営に打撃を与えることに加え、ラウディオ侯爵の関係者を釣り上げることが目的だった。
ラウディオ侯爵を第二公子から引き離さないと、ディアが公国を手中に収めることができないばかりか、その後も立ち行かなくなってしまうからね……。
何より……僕には、どうにも気になっていることがある。
それを確認しなければ、僕達が前に進むことができないように思える……って。
「ディア?」
「もう……アル、今は久しぶりの二人きりなのだから、もう少し構ってほしいのだけど」
僕の手を取り、ディアが口を尖らせる。
まあ、彼女の言うとおり、僕とディアがこうして二人だけでいる機会が、あの事件を境にしてほとんどなくなってしまった。
というのも、事件の事後処理に追われていることもさることながら、急にディアに公務が次々と舞い込むようになってしまったからだ。
メルヴレイ帝国の圧力によって公王と宰相が不在の中、公務の象徴的な部分は第二公子が、実務面は各大臣が処理してきたのだが、事件によって第二公子の評判は地に落ちてしまい、これではしばらく表に立つことができない。
それに代わって、今では民衆の圧倒的な後押しを受けてディアが表に立つことになったが、第二公子につく従属派の大臣達が、仕事をボイコットしてしまったのだ。
なので、その実務を僕とヨナスさん、それにロイカンネン将軍にも手伝ってもらって、今は何とかこなしているという状況だ。
そんな激務の合間を縫って、深夜とはいえこうやって僅かでも時間を作り、ディアと庭園で二人きりになれたのだから、彼女が不機嫌になってしまうのも無理はない、か……。
「あ……」
「すいません。月明かりの下でこんなに素敵な女性と一緒にいるのに、失礼なことをしてしまいました」
ディアのその白くて細い手を取り、僕のできる精一杯の賛辞を添えて深々と頭を下げた。
これ以上の言葉は分不相応で、彼女に告げる資格がまだないから。
「フフ……分かればいいのよ。それに、アルは少し無理をしてしまうところがあるから、こんな時くらいはゆっくり休んでもらわないと、ね」
頬を赤らめ、真紅の瞳を潤ませながら、ディアはニコリ、と微笑みを見せてくれた。
ディア……あなたの傍にいるだけで、僕はいつだって幸せですし、心が癒されていますよ。
でも、今の僕はそれを口にすることはできない。
あなたは……ディアは、僕のことをどう思っていますか?
今の僕には、それを尋ねる勇気はなかった。
◇
「ふう……やっと片づいた……」
目の前の書類の束がひと段落し、僕は大きく息を吐いて思わず机に突っ伏した。
「いや、拗ねて自分の職務を放り出してしまう大臣って、一体何なんだよ……」
一人そんな悪態を吐いていると。
――コン、コン。
「アルカン様、手紙が届いております」
「僕に?」
部屋にやって来たヨナスさんから手紙を受け取り、しげしげと眺める。
いや、僕に手紙を出すような人なんて、世界のどこにもいないと思うんだけど……。
そう思い、封蝋を見る。
「……へえ」
僕は思わず口の端を持ち上げる。
だって……差出人は、あのラウディオ侯爵なのだから。
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