英雄の誕生、初めての勝利
「……調査の結果、パッカネンは人身売買、違法薬物の使用及び取引などを行っておりました。また、パッカネンと取引を行っていた者の名簿を入手いたしました」
カジノの調査を終え、ロイカンネン将軍が報告を行っている。
受け取った資料などから、連中はかなりの違法行為に手を染めており、加えて顧客名簿には公国内の貴族だけでなくメルヴレイ帝国の関係者もかなりの数がいた。
これは……予想以上だな……。
「それで、将軍閣下はカジノの調査終了後、大々的に凱旋をしていただけましたか?」
「……は、はい。ですが、明け方ということもあり、住民達にはかなり迷惑をかけてしまいました。もしよろしければ、あの凱旋にどのような意味があったのか教えていただけますでしょうか?」
「はい。凱旋は、将軍閣下に英雄となっていただくために行ったものです」
「「英雄に!?」」
僕の言葉を聞き、ディアと将軍が同時に驚きの声を上げた。
そう……カジノの調査に当たり、強権により行うことと併せて、ロイカンネン将軍でなければならなかったもう一つの理由だ。
今回の一件で、大々的に調査を行って凱旋により知らしめることで、民衆達は公国の腐敗を正した正義の将軍として讃えるだろう。
そして、これからの将軍の行為は、全て正義の下に行われるものとして扱われる。
「……何より、そんな正義の将軍が仕えている御方が誰なのか分かれば、民衆はこう思うでしょう。『正義の将軍の主であるリューディア殿下こそが、公国を導いてくれる』、と」
「あ……そ、そういうことなのね……」
ディアが、少しだけ恥ずかしそうにしながら頷く。
まあ、まさか自分がこんな形で担ぎ上げられることになるとは、思ってもみなかっただろうからね。
「……本当に、アルカン様は素晴らしいですね……!」
……うん。また将軍のなかで僕の株が上がったっぽいけど、とりあえずは落ち着いてほしい。
「そして、今回の調査によってパッカネンをはじめ、従属派の多くの貴族を取り締まることができ、さらには帝国に悪い印象を与えることにもなりました。これで第二公子も帝国も、目立った動きはできなくなるでしょう」
「フフ、エルヴィの悔しがる顔が目に浮かぶわ」
「……はい!」
さて……だけどこれで、ディアを公国の王にするための三つの策のうち、二つが成った。
残る策はあと一つ。
こちらも、顧客名簿の中から期待どおりの人物がいたし、これなら無事に釣り上げることができそうだ。
「あ……フフ、アルったらまた悪だくみを考えているでしょう?」
「ええー……ディア様、それは酷いですよ……」
そう言って悪戯っぽく微笑むディアに、僕は肩を竦める。
「冗談よ。これからも期待しているわ、私の参謀様!」
ディアは、その真紅の瞳で僕の顔を見つめながら、咲き誇るような笑顔を見せてくれた。
◇
「……それでは、まだ後始末が残っておりますので、これで失礼いたします」
「ええ。将軍、引き続きよろしくね」
「……はっ!」
ロイカンネン将軍が敬礼し、部屋を出て行こうとして。
――ガチャ。
「姉上! ロイカンネン! これは一体どういうことですか!」
こんな早朝からノックもせずに飛び込んできたのは、取り巻き二人を連れた第二公子だった。
「あら、エルヴィ。こんな朝早くに家畜の豚を連れてどうしたの?」
「っ! どうしたもこうしたもない! 聞けば、ロイカンネンが独断でパッカネンのカジノを調査し、姉上のところに報告に来たというじゃないですか!」
「それが?」
「それがって……ロイカンネン! あなたが何をしたのか、分かっているのか!」
嘲笑いながら肩を竦めるディアに苛立ちを隠せないものの、とりあえずは矛先を将軍へと向ける第二公子。
そんな無礼な彼の態度に、あまり表情を変えない将軍も眉根を寄せた。
「フフ、将軍が何をしたかって、この公国で不届きな真似を働いた者を、正義の下に取り締まっただけじゃない。それにケチをつけるだなんて、まさかとは思うけどあなたもいかがわしい真似はしてないわよね?」
「っ! ぶ、無礼な!」
「「これが第一公女の振る舞いか!」」
クスクスと嗤いながらディアが揶揄うと、第二公子だけでなく、取り巻きの二人も声を荒げた。
でも。
「……あなた方の私の主に対するその物言い、到底見過ごせません」
そう言い放つと、将軍は殺気を込めながら剣の柄に手をかけた。
第二公子と取り巻きは、その圧力にたじろぎながら大量の冷汗を流す。
そして、これで明確になった。
公国の軍事は、ディアが全て掌握したことを。
「……フン。リューディア殿下、本日から宮殿内の警備については、この私めにご一任いただけますでしょうか?」
「フフ……ええ、もちろん。頼りにしているわよ」
「……はっ!」
「ま、待て! 何を勝手に……っ!?」
「……何か?」
「い、いや……何でもない……」
将軍の提案を慌てて止めようとするも、逆に凄まれてしまい第二公子は口ごもる。
もちろん、それは後ろの取り巻き達も。
もうこれで充分だろう。
そろそろお引き取り願うとしようか。
僕はヨナスさんに視線を送って頷くと、部屋の扉へと向かった。
「エルヴィ殿下、お帰りはこちらとなります」
「っ! ペットの分際で……!」
口惜しそうに歯ぎしりする第二公子に、僕は恭しく一礼した。
でも、これ以上何を言っても分が悪いと感じたのか、第二公子達は忌々しげに僕を睨みつけながら部屋を出て行った。
「ふう……将軍閣下、ありがとうございます。まさか、そのようなご提案までしていただけるとは思ってもいませんでした」
「っ! ……い、いえ、むしろ宮殿内で今後もあのような恥ずべき行為をされることは、絶対に認められませんので」
僕がお礼を言うと、将軍は抑揚のない声でそう答えた。
でも……うん、尻尾があれば思いきり激しく振っているに違いない。
「……アル、将軍、二人共本当にありがとう……負け惜しみ以外でエルヴィにやり返せたのは、これが……初め、て……よ……っ」
感極まったディアが、ぽろぽろと涙を零す。
ああ……今まで本当に、彼女は屈辱に耐え続けてきたんだ。
だから、たったこれだけのことでも、あなたにとって初めての勝利だったのですね……。
「あ……」
「ディア様……あなたの勝利です。本当に、おめでとうございます……」
「アル……アル……!」
僕は優しくディアの手を取ると、彼女は堪え切れずに僕の胸に飛び込み、喜びの涙を流した。
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