公女殿下の皮肉、調子に乗って吠える豚
「へえ……それでアルは、負けておめおめと帰って来たというわけね」
「…………………………」
宮殿に帰ってきた僕は、結局いい言い訳が思い浮かばず、素直に報告したらディアに皮肉たっぷりにそう言われてしまった……。
ま、まあ、ディアと二人きりであることが、せめてもの救いだ。もしヨナスさんがいたら、無駄遣いを咎められてしまっていたかもしれないし。
「まあいいわ。目的はカジノでお金を増やすことじゃないんだし」
「うう……面目ない……」
「フフ、じゃあ罰として、この私を思いきり甘やかして頂戴。アルがカジノに一人で行ったから、その……寂しかったし……」
……僕の主は、どうしてこうも可愛くて尊いんだろうか。
とはいえ、ディアが尊大な態度をするのも、ヨナスさんしかいないような状況の中、自分を守るために武装した結果だから。
本当の彼女は、こんなにも素直で素敵で……いや、偉そうなディアも嫌いじゃないんだけど。
「コホン……ディア、どうぞ」
「フフ、ええ!」
咳払いをしてから僕は両手を広げると、ディアはパアア、と満面の笑みを浮かべながら胸の中に飛び込んできた。
そういえば……ディアは僕のことをどう思っているんだろう。
少なくとも、僕に対して全幅の信頼を寄せてくれていることは間違いないけど、それは果たして部下としてなのか、同じ目的を持つ同志としてなのか、それとも……。
……いや、まずはディアをこの国の女王にすることを考えるんだ。
僕のこの想いは、僕の中だけに留めておけばいい。
「それでアル、二つ目の策についても上手くいきそうなの?」
「はい。何かあることは間違いありませんので、それを見つければいい話ですから、難しくはありません」
もちろん、相手は第二公子や帝国の後ろ盾を得ているパッカネン男爵。下手な者では迂闊に手を出すことはできない。
でも、彼女ならばそんなことは関係ない。
逆にこのことによって、さらに名声を高める結果になるだろう。
「ですので、これも全ては一つ目の策にかかっております。そしてそれが、三つ目の策にも」
「フフ、そうね……本当に、アルはすごいわ。お父様を失ってからこれまでのことは、全てあなたのような人と出逢うための試練だったのかもしれないと思えるほどに」
「それは僕も同じです……ディアのような女性と出逢えたことこそが、僕の唯一にして最上の幸運なのですから……」
僕とディアは、お互いが出逢えた喜びを噛みしめながら、お互いの温もりを求めて抱きしめ合った。
◇
「……失礼します。リューディア殿下と面会したいのですが……」
僕がカジノの下見に行った日の三日後。
案の定、ロイカンネン将軍自ら宮殿を訪ねてきた。
もちろん、ディアに許しを請うために。
「申し訳ありません。ディア様は将軍との面会を拒否されておりますので、お引き取りを」
今日に限ってはヨナスさんに代わり、僕が将軍の応対をする。
ここは、僕でないといけないから。
「……先日のことは謝罪いたします。ですから、どうか殿下へお取り次ぎ願います」
そう言うと、あの“白銀の戦姫”が深々と頭を下げた。
変化に乏しいその美しい顔に、口惜しさをにじませながら。
はは……この女性、まだ分かってないんだな。
どうしてディアが、本気で怒ったのかを。
「将軍閣下、その謝罪は何についてのものでしょうか?」
「……それは、仕える身でありながら、あのような失礼なことをしてしまったことへの……「申し訳ありませんが、お引き取りを」……っ!?」
案の定、求める答えではなかったことから、 僕は冷たくそう言い放った。
……これは、もう少しかかるかもしれないな。
彼女を見ながら、そんなことを考えていると。
「貴様! ペットの分際で将軍に何たる真似を!」
現れたのは、第二公子の取り巻きの一人、外務大臣の“ヨキレフト”侯爵だった。
はは、僕が初めて宮殿に来たあの日、ディアに豚呼ばわりされて激怒していたっけ。
この男の情報を知った時、家畜の豚とはよく言ったものだと笑いを堪えるのに大変だった。
だって、外務大臣としてのこの男の仕事は、メルヴレイ帝国に機嫌を取ることだけなんだから。
「第一公女のペットだからと調子に乗りおって! この下賤の者を捕えよ! この私自ら裁きをくれてやる!」
豚の指示を受け、宮殿内の騎士達が僕を捕え、床に押さえつける。
「ここでは宮殿を汚してしまう。外へ連れて首を刎ねてまいれ!」
「「はっ!」」
僕は両脇を抱えられ、そのまま引きずられるように連れて行かれそうになる。
だけど。
「……待ちなさい。私はその者に用があるのです。放してください」
「しょ、将軍! ですがこの者、あろうことか将軍を侮辱したのですぞ! この“ヘルッコ”、将軍の名誉のためにも捨て置くことはできませぬ!」
連行される僕を解放するように告げる将軍に対し、豚は必死に彼女にアピールする。
はは……将軍に取り入るのに必死だな。
とはいえ、第二公子の陣営に加えたいだけでなく、個人的な願望もありそうだが。
……いや、この場合は願望ではなくて欲望か。
「……ヨキレフト卿、私は彼と用があると言ったはずですが」
「ぐぬ……わ、分かりました。命拾いしたな、この屑め」
ロイカンネン将軍に凄まれ、豚はうめきながら渋々僕を解放した。
「それより将軍、実は帝国より極上のワインを手に入れましてな。よろしければ今から……「……私の話を聞いていないのですか?」……し、失礼しました……」
ようやく諦めた豚は、僕を睨みつけてからこの場から去っていった。
“白銀の戦姫”と豚では永遠に釣り合うことがないことを、いい加減理解すればいいのに……って。
「……失礼ながら、この私がいなければ、あなたは人知れず処刑されるところでした」
「……そのようですね」
どうやら彼女は、ディアと面会するために僕に恩を売ったつもりらしい。
ハア……仕方ない。本当は本人が気づくのがよかったんだが、助けてもらったのは事実。教えることにしよう。
「分かりました」
「! では!」
「ですがその前に、一つ僕にお付き合いいただけますか? そうしていただければ、ディア様にお引き合わせいたします」
そう言うと、僕は人差し指を立ててニコリ、と微笑んだ。
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